大誘拐

 8月1日の続きです。

 

 実は、私が読んでいた角川文庫版は今は実家に置いているのですが、結局、再度きちんと読みたくなって、創元推理文庫版を買ってきました。

 

 改めて最初から全部読み直してみると、トリックや裏返しの豪快さの部分もさることながら、いろんなところに伏線を張り巡らせて、気づく人には気づく仕掛けになっているのが分かります。また、犯人とおばあちゃんのやりとりの部分など、昔はそんなもんかとしてしか読んでいなかった部分が、今は、その背景や心情も想像できるようになりました。

 

 まさに最初から最後まで隙のない、後世まで語り継ぐべき作品です。

 

 それから、前回書き忘れてましたが、この話の舞台は、奈良県南部と和歌山県です。どれがどこで起きているのか、いろいろ想像するのも面白いかも。

 

(2010/09/01)

 

中2の夏

 8月の最終日、夏の想い出シリーズをもう一ついきましょう。今日は中2の時。

 

 この年は、ボーイスカウト1色の夏でした。まず、蔵王で行われたジャンボリー(JCでいうところの全国大会)に参加。ちなみに、BSのジャンボリーは4年に1回で、かつ、各地区でそれなりに選抜された人だけが行けるので、巡り合わせが良くないと、参加することすらできません。現地では4泊5日くらいでしたが、往復が片道24時間以上列車に乗りっぱなし(もちろん寝台車とかではなく、ただの客車)だったので、トータルでは9日くらいかかりました。ところがこれが期間中に台風直撃で、滅茶苦茶大変でした。スタッフが出動してサイト内に溝を掘って回っていましたが、そこを濁流のように雨水が流れていました。

 

 ジャンボリーから帰ってきた次の日から、今度は所属していた団の方でのキャンプ。これは天候に恵まれて、ご飯も炊けて、楽しい3日間でした。

 

 8月の下旬には、今度は、団でのトレーニングキャンプ。これは、隊長がその少し前に突然、今度は自分たちで企画から場所選定から実行から全部やれと言われて行ったものです。実際に、場所もそれまで誰も行ったことがないところにしましたし、何をするかも全部自分たちで考えました。保護者宛の案内文というのも作れと言われて作りましたが、この種の案内文のエッセンスは実はこのときに教わりました(一番大事なことが目立つように書かないとだめ!とか)。しかも、本番もメンバーだけで行って、隊長その他スタッフは来ませんでした(夜だけ、副長が様子を見に来ましたが)。これは本当に楽しかった。スタッフがいなくても自分たちで同じようなことができるというのが、実に誇らしかったのです。

 

 その翌日から、今度は部活の合宿。5日間でした。暑かったことしか覚えていません。

 

 こうしていろいろ振り返ると、夏というのは、なぜかアクティブなパワーが発揮されて、普段はできないようないろんなことができるのですね。それは大人になった今でも、そうであるはずです。

 

 皆さんの夏はいかがでしたか?

 

(2010/08/31)

 

理事長会

 今日は8月の理事長会でした。五條JC辻本理事長の仕切りで、場所は西吉野の料理旅館「さえき」です。

 

 上品ながらも落ち着いた感じの旅館で、宴会を十分に堪能しました。私は西吉野にきちんと行くのは初めてだったのですが、五條市街からほんの20分くらいのところに、こんな隠れ家的な静謐なエリアがあるとは知りませんでした。吉野といえば吉野郡とか東吉野を連想しがちですが、五條方面にもまた違ったところがあったのですね。

 

 こうして奈良県内各地を探訪できるのも、ブロックの醍醐味です。まだまだ奈良県は奥が深い。

 

 それから今日は、某理事長のサプライズにより、「ある用事」のために、太田副委員長がわざわざ遠くまで来てくれました。おつかれさまでした!

 

(2010/08/30)

 

今日の1冊

中村計「甲子園が割れた日」(新潮文庫)

 

 前からタイトルが気になっていた1冊なのですが、文庫本が出ていたので買いました。

 

 1992年8月16日、甲子園球場で1つの出来事が起こりました。星稜高校の4番打者・松井に対して、明徳義塾高校が、5打席続けて敬遠の四球を与えたのです。そしてそれは、マスコミや世論を巻き込んだ騒ぎに発展します。

 

 この本では、スポーツライターである著者が、関係者から丹念に取材を積み重ね、その裏側で起こっていたこと、背景、経緯などを、克明に再構成していきます。

 

 松井や河野(明徳の投手)や青木(明徳の捕手)や山下監督(星稜)や馬淵監督(明徳)に取材することは誰でも思いついても、この著者は、さらに、明徳や星稜の各チームメンバー、当時の試合を実況していた解説者やアナウンサー、翌日の記事を書いた記者、明徳が次に対戦した広島工のメンバー、そして今まで誰も取材できなかった月岩(松井の後を打っていた明徳の5番)のコメントをも紹介し、試合の全体像を的確に浮かび上がらせていきます。

 

 この本を読むと、明徳が敬遠策を採ったのも、そしてそれによって明徳が勝利したのも、たまたま起こったことではなく、むしろ必然の結果であったことが分かります。そしてまた、試合直後の報道、例えば、「明徳の選手は勝負したかったのに、監督の一方的指示で不本意ながら敬遠させられた」などというのが大嘘であることも分かります。

 

 1つの物事を多角的に検証することの重要性を体現すると同時に、表面だけを見れば特殊ととれる事象がなぜ発生したのかを合理的に解き明かした、優れたドキュメンタリーです。

 

(2010/08/29)

 

総決起集会

 小田原で行われた、全国大会小田原・箱根大会の総決起集会に参加してきました。

 

 総決起集会とはそもそも何なのかというと、それは、一言で言うと、大会の運営に関わるメンバーが全員集合して、きたるべき大会本番への意識を高め合う場です。したがって、主管LOMはもちろん、日本JC役員(議長・委員長を含む)・全運メンバー・地区役員・ブロック役員・副主管メンバーなどなど、あらゆる人たちが集結します。今回は、小田原JCのこだわりで、湯本富士屋ホテルの大広間に畳を敷き詰めて、和風スタイルでの宴席が設けられました。

 

 この総決起集会の起こりは、そんなに昔の話ではありません。一時期、主催者と主管LOM、あるいは主管LOMと副主管LOMの関係があまり良くない大会が続いた頃があり、それを解消するために、みんなで意識を共有する場を設けようということで、2000年代の前半くらいに始まったということです。

 

 会の最後には、主管LOM実行委員会の各委員長が一言ずつ決意表明をするのが慣例なのですが、今回は、全員が揃いの裃と袴で登場し、しかも1人ずつ登場するごとに、箱根の象徴である襷を受け渡すという演出がなされました。と言葉で表現すると単純なのですが、それだけに、その各委員長の一言、そして最後の古川実行委員長の一言が何とも格好良かったこと。当該年度の委員長を、やれるのであれば是非やりたいと、それだけで思ってしまったくらいです。

 

 これまでも私が知る限りの大会はいずれもそうだったのですが、この時期の主管LOMのメンバーは、本当に、次元を1つ乗り越えた、何かの高みに達した、神々しいほどの誇りと使命感に満ちあふれていると毎年感じます。

 

(2010/08/28)

 

中3の夏

 高3と高2の夏を思い出したついでに、中3の夏のことまで思い出してしまいました。

 

 緒方のいた中学では、夏休みに、「研究論文」を書かないといけませんでした。自然科学・人文科学・文学の3つからどれかを選択するのです。実験とか生物大好きな理系グループは自然科学へ、その他の大勢は人文科学へ、一部の人たちは文学へ、というのが傾向だったのですが、緒方は迷わず文学です。文学の人たちは何をするのかというと、その大半は、「自作の小説を書く」です。

 

 そのときに緒方が何を書いたかというと、いい加減な生活を送る学生が一念発起して検察官をめざし、しかし司法試験に合格せずさらに自堕落になるものの、そこでもう1回頑張って合格して無事検察官になり、すると今度は昔の友人と検察官と被告人として対決するという、その中の半分くらいはその後の自分の人生を予言するかのようなとんでもない内容でした。原稿用紙で250枚くらい書いたと思います。もちろん当時はワープロはないので、全部手書きです。

 

 その調査と称して、福岡地裁まで出かけて裁判の傍聴にも行きました。福岡地裁というのは、全国の裁判所と比較しても、手前にはお濠があったりして威風堂々たる面構えをしているのですが、当時はほかの裁判所など知らないので、裁判所というのはすべからくそんなものかと思っていました。で、緊張しまくりながら傍聴席に座ってみたのですが、結果として何をやっているのかはさっぱり分かりませんでした。

 

 40日間1つのことにどっぷりと浸った、これも充実した想い出です。

 

(2010/08/27)

 

天平行列終了!

 5日間にわたる天平行列も、無事に終了しました。倍巌委員長、本当におつかれさまでした!

 

 5月の行列と比較すると、同じところで同じ天平行列をやっていても、違った演出次第でまったく違うことができる、ということがよく分かったと思います。物事の作り方というのは、そういうものです。

 

 そして、参加者がこれだけいて、それを見に来た人もこれだけいるということは、平城宮跡という場所、そこに存在していた文化や歴史が、今に生きる人たちにも確固たる魅力があり、ニーズがあるということです。その架け橋となって、それをどう生かすのかを考えるのが、私たちの使命です。

 

 また、運営面でも、衣装部会やその他実行委員会の大勢の人たちとともに汗を流すことで、新たなつながりを構築することはもちろん、その中で、私たちJCの優れている点、また足りない点をいろいろと発見できたはずです。

 

 行列は、行列をすることが目的ではありません。

 あなたは、その中で何を得ましたか?

 

(2010/08/26)

 

自転車旅行

 昨日のクイズ選手権のことを書いていて、「そういえば、何で高2のときはあんなにテンションが低かったんだろう」と思い返しました。確かに、あのときは自分でもあまり盛り上がった記憶がないし、そもそも第1問で何が出たのかも覚えていません。何でかと思ったら、思い出しました。高2のときは、自転車旅行の計画をしていて、そっちの方で頭が一杯だったのです。

 

 久留米の自宅から、東へ行って九州山地を超えて、大分へ出る。フェリーで四国へ。瀬戸内海側を通って、香川から徳島、そして淡路島へ。さらにフェリーで兵庫に渡って、大阪から和歌山へ。戻って、大阪から、今度は2号線を延々と走って兵庫→岡山→広島→山口→福岡へ、というコースでした。全部で17日くらいかかったと思います。

 

 テントを荷台に積んで、着替えをリュックに背負って、1人で走った17日でした。途中でも、いろんな人の親切に会いました。寝るときは公園とか神社にテントを張るか、無人駅のベンチで寝るかだったのですが、今でも不思議なのは、神社の人も駅の人も、誰1人緒方少年を断ったり追い出したりすることなく、「ああどうぞ」で寝させてくれたことです。

 

 それから、途中では、梅田でリチャード・マークスの大阪公演を見に行ったりもしました。よくあんなことできたなあ。大体、どうやって会場にたどり着いたんでしょうか。全然記憶がありません。

 

 で、今でも当時の自分が素晴らしいと思うのは、「こんなことができるのは、この2年の夏だけだ」ということを、すでに明確に意識していたことです。そしてそれは本当にそのとおりでした。今だったら間違いなく無理だもんなあ。

 

(2010/08/25)

 

高校生クイズ選手権(2)

 そして迎えた3年生。このときは、確か春日市かどこかで行われ、ついにこの年は1問目の○×を突破!同級生のほかのチームも大半が突破しており、絶叫して盛り上がりました。あの快感は、大学入試の結果発表で自分の番号を見つけたときに匹敵していたかもしれません。

 

 しかも、このときは奇跡的に勝ち抜け続け、あと1問でベスト8進出、しかもそのうち6チームは確定し(このうち2チームは同級生からのチームだった)、あと自分たちを含む3チームのうち2チームが勝ち抜けという状況でした。しかし、ここから延々とバトルが続く。つまり、3チームとも正解か、3チームとも間違いというのが続いたわけです。

 

 ちなみに、先行6チームとあとの3チームを分けた問題は、「日本に、女子大で経営学部がある大学は存在しない。○か×か?」というものでした。

 

 そして、明暗を分けた問題は・・・「大臣が1人で2つ以上の大臣を兼任した場合、給与も倍になる。○か×か?」というものでした。

 

 ここで我がチームとその他2チームに別れたのですが・・・正解はその他2チームの方。ついに決着がついてしまいました。

 

 見ていた同級生から「何であげん問題であっち行くとや?」などと呆れられながら帰途についたのですが、このときはたくさんの問題に参加できたからか、そこそこの充実感はありました。

 

 が、夜になって電話があり、何と、同級生のチームがその後も勝ち抜けて、福岡県代表で全国選手権に出場することになったのです!当時の私は九州から出たこともなく、同級生がそんな遠くまで行って、テレビに出るというだけで、別世界の出来事でした。後で本番をテレビで見ながら、自分のことのように喜びました。

 

 ちなみに、この日は夏休みとはいえ補習のある日で、クイズ選手権に出る面々は一斉に補習を欠席していたのは、また別の話。学校側にも、それを裏では知っていながら許容する度量の広さがありました。

 

 夏になると、部活の記憶と並んで頭をよぎる、高校時代の楽しい想い出です。

 

(2010/08/24)

 

高校生クイズ選手権(1)

 クイズつながりで思い出したわけではないのですが、高校生クイズの想い出。

 

 緒方が行っていた高校では、みんなというか有志で高校生クイズ選手権の県予選に出る流行りがありました。5月くらいに誰かが申込手続の情報を持ってきて、3人一組でめいめいチームを組んで、申込書を送ると、6月くらいに案内葉書が送られてきます。この葉書が来ただけで、十分に興奮したものです。

 

 1年のときは、門司港で予選がありました。同じ福岡県内でも、門司と久留米ははるか遠く、朝出では間に合いません。というわけで、前日には、福岡市在住のチームメンバーの実家に泊まって、ワイワイ盛り上がりながら電車で会場に向かいました。

 

 で、結果は・・・1問目の○×で敗退。

 

 今でも忘れないその1問目は、「橋本聖子が、福岡から自転車で、札幌からスケートで、それぞれ、自己ベストのスピードで東京に向かった場合、自転車の方が先に着く。○か×か?」というものでした。

 

 それまでの盛り上がりが嘘のように、結果発表の瞬間、3人とも一斉に無口になり、お通夜のような雰囲気でとりあえず電車で福岡まで戻り、ほとんど無言のままいろいろ時間を潰して、気まずいまま解散しました。

 

 2年のときは、福岡市で行われましたが、これまた1問目で敗退。やっぱり帰りはみんな無言でした。

 

 続きます。

 

(2010/08/23)

 

 

天平行列

 すでに遷都祭の夏フェアは始まっていますが、今日はその中でも天平行列の初日です。

 

 5月の天平行列と比べると、時間帯は夜に変わり、1回あたりの参加人数規模は100人程度になっていますが、その代わり、5日間連続での開催となっています。

 

 人数規模は絞っているとはいえ、例えば受付で間違いなく衣装を渡すこととか、整列の際に間違いない順番で並んでいただくことは前とまったく同じなのですが、すでに一度体験しただけあり、みんなの作業もスムーズです。人の進歩は、こうやって目に見えないところで表れます。

 

 ところで、いざ本番の行列を見るまで緒方も予想してなかったのですが、夜の行列でみんながLEDを身にまとって点灯させていると、何とも幻想的で美しく、5月の昼の行列とは全然違った魅力がありますね。このときに、この場所でしか体現することができない光景です。

 

 連日仕切っていただく倍巌委員長、おつかれさまです!最終日まで頑張りましょう!

 

(2010/08/22)

 

まほろばクイズ

 本日は、平城宮跡を舞台とする「まほろばクイズ」の1日でした。

 ご準備いただいた野崎委員長、おつかれさまでした!

 

 これまで、委員会から、平城京の時代に関する問題が何回もAllで出題されていましたが、実は社会科関係が得意ではなかった緒方は、「この辺のことを出題しても、一般の方々にとっては難しすぎるのではないか?」などと先回りして心配していたわけです。

 

 ところが、参加者の方々は、宮跡内を歩いて回ることはもちろん、クイズに関しても十分に楽しまれており、それは、終わって戻ってきたときの皆様の表情や様子からも明らかでした。

 

 私たちの想像以上に、こういったことに対する皆様の興味関心や知識は大きなものがあります。

 大事なことは、奈良に生きる私たちが、まず、その素養と見識を深めること、そして、それをほかの地域にも広めていこうという意志を備え、また回りの人たちにも伝えていくことです。

 

 その意味で、この平城宮跡という貴重な財産に対する委員会の愛着と誇りが深く感じられた、意義ある例会でした。

 

 これから平城宮跡に誰かがやってきたとき、あなたはそこで何を語りますか?

 

(2010/08/21)

 

書面

 結局、この夏はカレンダー通りに出勤しました。

 

 ただし、おかげで、今週には、前からの懸念事項であった書面が完成しました。

 構想してたのは前からですが、字を打ち始めてから書き上げるまでは5日間くらいだったかな。

 

 どの書面もすべては白紙からスタートするわけで、それが完成すると、人の発想は有限ではないということが身をもって分かり、さらに勇気づけられます。

 

(2010/08/20)

 

梅干

 何か、暑い暑いばかり書いていますが、今年はそれ以外思いつきようがないような気候ですね。

 

 この季節の緒方の健康法は、毎朝、梅干を1個食べることです。身が引き締まってしゃきっとなるような気になりますし、唾液が分泌されて食欲も出てきます。

 

 ところで、日本人はもともと発汗量の多い民族なのですが、おにぎりに塩をかけるのも、梅干を食べるのも、お味噌汁に塩分が多いのも、これを補うために自然に発達してきていたのですね(さらにはそれに加えて、醤油をかけておかずを食べたりします)。生活の知恵は偉大です。 

 

 

(2010/08/19)

 

トライブ・オブ・ジプシーズ

 それにしても毎日暑いですね。こんな季節には、必ず聴きたくなるバンドがあります。それが私の場合には、トライブ・オブ・ジプシーズ。

 

 ブルース・ディッキンソンのソロアルバムのプロデューサーというくらいしか知られたキャリアのなかったギタリスト、ロイ・Zが、どこからともなく凄腕のバックメンバーを集めて、96年にいきなりデビューしてしまったのが「TRIBE OF GYPSIES」です。カルロス・サンタナを軽々と超えてしまった官能ギター、これでもかと埋め尽くされる暑苦しいパーカッション、それに輪をかけて暑苦しいディーン・オルテガのヴォーカル・・・それが渦巻きながら1つのハード・ロックを完成させた音象は、懐古的でありながら実に斬新なものでした。

 

 00年に4枚目を出してから久しく音沙汰がなかったのですが、06年に5枚目を出して元気なところを見せてくれました。この作品では、ヴァン・ヘイレンの"Ain't Talkin' 'bout Love"の腰砕けヘロヘロヴァージョン(褒め言葉)のカヴァーも聴けたりして、なかなか楽しい作品です。

 

 "En Mi Barrio"や"Party (Eddie's Thumb)"のインチキグルーブ(褒め言葉)に腰を振り、"Fire Dance"のギターの妙技を堪能し、"Mero Mero Mambo"のパーカス洪水群に悶絶し、そして"Crazy Love"でしっとり一息つく・・・やっぱり、1stですね。これが出た当時は、練馬の古いアパートの一室で、1週間に2回くらいしか人と話をしない生活をしていました。そんなことも思い出します。

 

(2010/08/18)

 

アナログレコード

 久しぶりにアナログのコンポを起動させて、何枚かアナログレコードを聴きました。

 

 緒方はもちろんCD世代であり、高校生のときはすでに「アナログ盤なんて今頃聴いてる人いるの?」状態だったのですが、大学で入った洋楽サークルで、中古CDを買うよりLPを買う方が圧倒的に安いことを教えられ、そこでアナログのデッキを備えて買い始めました。その頃は、「CD=音が良い」「LP=音が悪い+針が入るので傷も付く」みたいなデマをまじめに多くの人が信じていたのですが、それが間違いであることもすぐに知りました。また、そもそも、CD化されてないアナログ音源というのが世の中には無数に存在していて(今もそうだと思います)、それを聴くためにはアナログ盤を聴くしかないわけです。

 

 緒方がアナログ盤を好きなのは、単に良い曲が収録されているというだけではなく、曲の順番や配列や長さに至るまで、そこにいろいろな表現が込められているからです。ときには、ジャケットや解説文がその一部をなすこともあります。音楽芸術は、音楽それ自体によってだけ表現されるものではないということです。

 

 ちなみに緒方は、CDのことでも「レコード」と表現します。LPはアナログレコード、CDはデジタルレコード、どちらも音が記録されている物なのだから「レコード」が正しい。だから、「CDショップ」なんて言い方は死んでもしません。あれはすべて「レコード屋」「レコード店」というのが正しい。なんてことを言っている間に、世の中はダウンロード販売が着実に侵攻してきて、店舗形態というもの自体がどうなのかというところまで来ていますね。音さえ聴ければいいってもんじゃないと思うけど。

 

(2010/08/17)

 

エアコン

 それにしても今日は暑かったですねー。1日中エアコンつけっ放しの事務所で作業をしていましたが、普段だったら、しばらくすると必ず寒くなってきてスイッチを切るのに、今日はフルタイムで回していても、まだ暑さがにじみ出てくるほどでした。

 

 緒方の実家には長年エアコンがなく、人生で初めて接したのは、大学に入ってアパートに入居してからでした。この世に何と涼しいものがあるのかと、感動しました。その後、都内で引っ越した先にはやはりエアコンがなく(後に窓型のものを設置しましたが)、今から考えると信じがたいことに、最初の夏はエアコンなしで乗り切ったのでした。たまたま冷夏で助かったってのもあるけど。その後、奈良に来て入居したアパートで、久々に、「壁に付いている」エアコンを満喫しました。

 

 今でも、緒方にとっては、エアコンの風を浴びるというのは、日常生活に対する感動と感激を思い出す機会でもあります。

 

(2010/08/16)

 

今日の1冊

綾辻行人「十角館の殺人」(講談社文庫)

 

 本来は、先日文庫版が出た「びっくり館の殺人」を書こうと思っていたのですが、あれはマニア向けというか、この作者の中で最初に読む1冊ではありません。というわけで、何はなくともこの作品について。87年、あまりにも衝撃的なデビュー作でした。

 

 本格推理という言葉が死後になり、社会派の猛威が吹き荒れ、というかそれすら下火になり、素人探偵の薄味のものが推理小説と扱われていた、本格推理愛好家には暗黒の時代であった80年代中盤。仰々しい謎の設定、大がかりなトリック、警察を措いて活躍する名探偵・・・そんな「あるべき様式」を、いきなり27歳の新人作家が堂々と打ち出してしまったのですから、それはもう衝撃だったのです。

 

 今から読むと、やはり、文章が硬かったり、登場人物の顔が見えるほどの描写が不足していたりとか、じっくり味わうには物足りなさがないわけではないのですが、「このトリックで読者をあっといわせてやるのだ!」という気迫と気概が最初から最後まで満ちているのが、今に至るまでの作品の価値を維持しています。そして、この歴史的意義は、現在でも輝きを放っていますし、今後も朽ちることはないでしょう。

 

 いやもちろん、作品としては、この後に出た「迷路館の殺人」とか「時計館の殺人」の方が好きなんですよ。ただ、最初に読むんだったらまずはこっちだろうと。これが出発点であり基本です。その後、出た順番に「水車館」→「迷路館」→「人形館」→「時計館」→「黒猫館」と読んでいくのがよいかと。

 

(2010/08/15)

 

燈花会ファイナル

 今日が10日間にわたる燈花会の最終日です。皆様、おつかれさまでした!とりわけ、メンバーの出欠管理から販促ブースの管理までご活躍いただきました倍巌委員長、本当におつかれさまでした。

 

 これだけの巨大な出来事に参加するということは、組織構成から運営面まで、さまざまな場面でとても勉強になりますが、何より大切なことは、体を動かして汗を流すことの大切さを身にしみて実感できるということです。

 

 毎年そうなんですが、最初の1日、2日というのは、暑かったり疲れたりしてとても負担が大きく感じるのですが、何日も参加していると、だんだんと体も慣れてきて、当たり前のように動いていくことができます。

 

 つまり、やる前は大変なことだと思っていても、やってできないことはないのです。そして、自分を変えていくということも、思っているよりは案外簡単だったりします。大事なことは、思い切るかどうかなのです。この10日間は、そんなことを再び発見できる場面でもあります。

 

(2010/08/14)

 

地区役員会

 和歌山で地区役員会でした。今日の目的は、対話集会およびサマコン理事会での支援の御礼をすることと、引き続きの招致運動へのご協力をお願いすることです。

 

 実は、谷岡会長は一昨日の燈花会に来られており、販促ブースで偶然お会いすることができました。今日の会長挨拶では、そのことにもふれていただき、このような新しい地域行事は必ず住む人の意識を変えていくものであること、全国大会もまさにそのような運動の一環として行われるものであることをお話しいただきました。

 

 また、役員の皆様からも、対話集会やサマコンでのPRに関するお褒めの言葉をたくさんいただきました。ありがとうございました!

 

 このように皆様の期待値がさらに上がった分、9月にはもっと上のハードルを越えることが要求されます。それは、いうまでもなく、自分たちの進歩であり、進化でもあります。現状に満足してしまった人は、現状を維持するのではなく、必ず後退します。道半ばと自分たちを戒めて、これまで以上に先に進んでいきましょう。

 

(2010/08/13)

 

5000円札の嘆き

 買物とかで5000円札を使うときに、何で5000円札はいつも皺がよっていて元気がなさそうなんだろう、と思ったことはないですか。

 

 お札の中でも、1万円札は、日本国の貨幣の筆頭として、いつも誇らしげに肩で風を切っている。「お釣りが面倒?そんなことは知ったことじゃねえよ。ほら、速くしろよ。俺で買えないもんなどこの世に存在しねえんだからな」という勝利の雄叫びすら聞こえてきそうだ。しかし、現実のその力の前には、我々はひれ伏すしかない。

 他方、1000円札は、庶民の味方である。とても便利である。硬貨ありませんか?はいはいすぐ行きますよ。いえいえ、それが私たちの役割ですから。どんどん使って下さい。またすぐに戻ってきますから。自動販売機?コインパーキング?券売機?いえいえ、私たちに不可能はありません。どこでも入っていきますよ。そんな満面の笑みが見えてきそうである。

 

 そこへ行くと、5000円札というのは、どうにも中途半端である。大体、財布の中に入っていることがあまりない。たまに使う場面になっても、「あれ、入ってたんだ」的な冷たい視線で見られるだけである。「お一人様8000円になります」みたいな場面でも、大抵、出てくるのは1万円札か1000円札であって、5000円+1000円3枚みたいな出し方をすると、「あ、そういう出し方するんだ」的な受け取られ方をされてしまう。何とも理不尽である。

 

 1万円札からは上から目線で見下ろされ、1000円札からは、「いざというとき使いにくいんだよね」みたいに陰口を叩かれてそうな、そんな可哀想な存在なのである。そう思って見てみると、5000円札は、新品のぱりっとしたものをあまり見たことがない。どういうわけか、大抵、使い古されて皺が寄っている。苦悩に満ちている。

 

 そんなところに、2000円札なんてものが出てきてしまった。これが社会に流通して一般化したら、自分の存在価値は根底から否定されてしまうのではないか。5000円札がそんな恐怖感に襲われたであろうことは想像に難くない。幸か不幸か、当初の予想ほどは今のところ流通していないため、5000円札のアイデンティティは保たれているが、まだまだ予断を許さない状況である。

 

 そんな中でも、今日も5000円札は、貨幣界の大事な中間管理職として、人目につかないところでこっそりと仕事を果たしている。頑張れ5000円札。

 

 

(2010/08/12)

 

「捜査段階の自白」?

 昨日、取調とか供述調書について書いていて思い出しました。

 

 よく、報道とかで、「被告人は捜査段階で自白していたが、公判では否認に転じた」とかいう表現がありますよね。弁護人でも、油断していると、それに近い表現をしそうになるときがあります。しかし、緒方は、以前から、この表現には違和感を持っています。

 

 否認しているはずの被告人が、なぜか取調の際に、犯行を認める旨の供述書にサインをしている。その際に、現象面として存在するのは、「犯行を認める旨の供述書に被告人のサインが存在する」ということだけであって、それは、「被告人が自ら犯行を認める旨の供述を行った」ということを意味するものではありません。

 

 取調というものにちょっとでも接した人なら知っていますが、供述調書というのは、供述者が延々と喋って、それをひたすら取調官が黙ってメモ書きする、というものではありません。あくまでも取調で行われるのは一問一答であり、それを、あたかも供述者が一方的に喋ったかのように記載し、最後にサインと押印をもらう、というのが供述調書です。

 

 したがって、大事なことは、「供述書にサインが存在する。それはなぜか。その経緯は何か。」ということなのであって、「被告人はなぜ犯行を認める供述を行ったのか。」というように考えると、それはイメージを誤ることになります。

 

 意に反する内容の供述書が作られる理由などはいくらでもあります。拷問だけとは限りません。大事なことは、その作成経緯を正しく理解して、かつ合理的な判断を行うことです。ちなみに、この問題に興味を持った人は、浜田寿美男教授の「自白の研究」(北大路書房)をお薦めします(かなり厚い本ですが)。

 

(2010/08/11)

 

今日の1本

 「松川事件」(61年、日)

 

 1949年8月17日、福島県松川町を通過中の列車が、突然転覆・脱線し、3人が死亡するという事件が発生しました。検証の結果、レールの継目や固定釘に細工がされていることが発見されました。

 警察は、東芝の労働組合争議による反抗と断定し、関係者20人を逮捕・起訴。一審では全員有罪(うち死刑5人)、控訴審では17人が有罪(うち死刑4人)となりましたが、最高裁の審理中に、検察が隠匿していた新証拠が発見され、原判決破棄となり、差戻控訴審で全員無罪(検察上告棄却により確定)となっています。

 

 この作品は、司法の正義を信じ、裁判の経過に憤った関係者たちが、自ら資金を集めて作ったものです。監督は、社会派で知られる山本薩夫。キャストは、弁護人に宇野重吉と宇津井健、捜査官に西村晃、裁判長に加藤嘉などなど。

 

 前半は、拷問による取調の様子が描かれますが、何より圧巻なのは、20分以上にわたって延々と朗読される「赤間自白」と、それに基づく「再現」シーンです。捜査官は、まず、赤間被疑者を拷問し、関係者とともに犯行を行ったとする供述調書を作り上げ、それに基づいて周辺人物を逮捕・勾留し、起訴したのです。拷問があったという話は聞いていても、その結果である供述調書の具体的中身を知らされると、その生々しさに鳥肌が立ってきます。

 

 途中からは公判の描写になり、最後は控訴審判決の段階で終了します(上告審の経緯は字幕で説明されます)が、何よりも凄いのは、この映画は、現実の事件が差戻控訴審に係属中の時点で制作・上映されたものであるということです。リスクを恐れず、また官憲の顔色を恐れることもなく、敢然と作品を作り上げ、発表にまで至った、そのことに、映画人としての気骨を強く感じます。事件の内容自体、日本人として知っておくべきものであると思いますし、また映画としても、描写力とパワーに満ちた優れた作品です。

 

 今日、8月10日は、51年前の1959年に第1次上告審の破棄判決が行われた日です。

 

 

(2010/08/10)

 

なら燈花会

 気がつけば、なら燈花会もすでに5日目です。今年もこうして運営に関わらせていただけるのは、とてもありがたいことです。

 

 実は緒方は、入会後数年間は、この運営にはまったく関わっていませんでした。というよりも、奈良JCの中でそういったアナウンスや機会の提供が行われることが、その頃はあまりありませんでした。2006年くらいから、地域を全国に発信しようと思うならば、まず地域でやっていることをきちんと知って、協力していく必要がある、ということを考え、組織としても個人としても関わっていくようになったのです。

 

 規模とか動員数とか組織力とかについては、緒方が今さら言及するまでもないこととは思いますが、毎年見ていて勉強になるのは、これだけ継続して開催されていても、前年の塗り直しや繰り返しになることなく、新しい手法を取り入れ、また止めるべきところは止めているという点です。

 

 そして、この暑い季節に何日も開催される行事であるからこそ、物事はまず体を動かしてから、汗を流してからということを強く実感できるわけです。

 

 あと5日間、頑張りましょう!

 

(2010/08/09)

 

郡山うねめまつり(2)

 そして夜はもちろん懇親会。2次会。3次会・・・と続き、いつものことながら、ホテルに戻ったのは、真夜中よりも夜明けの方が近い時間帯でありました。

 

 心からのおもてなしをいただきました郡山JCの皆様には、本当に頭が下がります。企画の1つ1つから、移動中や滞在中のすべてに対するお気遣いまで、存分に郡山を満喫させていただきました。ありがとうございました!

 

 奈良JCのメンバーは、おもてなしとは何かということがご理解いただけたでしょうか?9月22日には、もちろんこの「倍返し」の姿勢で臨みたいと思います。準備はOKですか?

 

 1つ、付け加えておきますと・・・街中の至るところに、「東北のウィーン "楽都"郡山」というペナントがはためいていました(そもそも、市のHPのキャッチフレーズにもなっています)。これはもちろんもともとは郡山JCの皆様が確立して推進されたものですが、時が経つにつれて、いつしかそれが「当たり前」になっている。住む人も皆、最初からそう思っているようになる。それが市民運動というものです。このような素晴らしい見本が身近にあるということを、私たちはもっと自覚していきましょう。

 

(2010/08/08)

 

郡山うねめまつり(1)

 前から楽しみにしていた郡山うねめまつりです。

 

 早朝から新幹線に乗って、昼過ぎに郡山に到着。いつものことながら、郡山JCの皆様には盛大なご歓迎をいただきました。

 

 昼食はビューホテルアネックスでグリーンカレーです。現在、郡山では、食の名物としてグリーンカレーを売り出しており、いくつもの店舗でキー商品にしているのだとか(こことかこことかここもご参照下さい)。そして、それを推進しているこおりやま名物グリーンカレー愛好会の代表は、山口松之進歴代理事長です。3種類のカレーをいただきましたが、どれも食べやすく、しっとりと口の中に残る、ご飯が何杯でもいけそうな味わいでした。

 

 その後は、アサヒビール工場の見学です。この種の見学では今までに経験したことがないくらい、分かりやすく趣旨が明確な説明でした。あれを経験すると、どこに行ってもビールはアサヒを選んでしまいそうになります。アサヒだけであれだけいろいろな種類があったというのも驚きです。

 

 そして、うねめまつりの踊り流し参加です。今年は役得により、葛城王をさせていただくことができました。郡山のミスうねめは、6人もおられて、もちろん全員美女揃いです。しかも、その後に、前年度ミスうねめの6人が、静御前の衣装で参加されるのです。実に壮観な光景です。

 

 最初のオープンカーパレードでは、みんな普通に手を振っている状態だったので、踊り流しもそんな感じかと思っていたのですが、いざ音楽が鳴り出すと、ミスうねめの6人は、一斉に一糸乱れぬうねめ踊りを始められたのです!これには度肝を抜かれました。あの華麗な衣装とヘアメイクをされた皆様が一斉に踊りながら行進されると、それはみんな注目するというものです。という以前に、体力的な点だけでも十分大変ではないかと思います(が、どなたも疲れた様子もなく当たり前に行われており、これにもびっくり)。

 

 それから、ミスうねめの皆様にしても、静御前の皆様にしても、普通に歩いているときでも、ごく自然に、沿道の皆様に笑顔で手を振っておられるのです。注目される立場にある人は、自然にそうなっていく、もしくはなっていくべきなのでしょう。

 

(2010/08/07)

 

今日の1本

「白い巨塔」(66年、日) ※ネタバレあります。

 

 少し前にBSで放映されていたので。国民の大学医局というものに対するイメージを一気に変質させた問題作であり、また制作者の気合が隅々まで感じられる力作です。

 

 浪速大学医学部で大学教授が退任することになり、その次の教授の座を奪おうと助教授の財前五郎が画策するところから話が始まります。医学部長の取り込みをはじめとして様々な工作を行う財前と、対立候補を擁して財前を切り崩そうとする反対勢力の虚々実々のやりとりが繰り広げられます。また、その中で医療事故の発生も描かれ、その帰趨をめぐっての法廷を含めた闘争も絡んできます。

 

 かなりのボリュームの内容を2時間半に押さえ込んでいるので、少しめまぐるしいのですが、芸達者な俳優陣の安定した演技を鑑賞するだけで十分楽しめます。始まりからラストまでがあっという間です。

 

 何よりも、田宮二郎という不世出の俳優について、その後の俳優人生すら左右させるほどの威力を与えた主役・財前五郎のキャラクターが強烈です。この作品のラストにはその後批判が相次ぎ、続編部分を付け加えたドラマ版が制作されるほどでした(一般にはこちらの方が有名かも)。そして、自らドラマ制作を希望して原作者の山崎豊子と交渉をしたのが、ほかならぬ田宮二郎その人だったのです。

 

 ヒール大勝利という容赦ないエンディングも含めて、ずしりと重いインパクトを残す作品です。

 

(2010/08/06)

 

2009年8月5日

 2009年8月5日。この日のことを、僕は一生忘れることはないだろう。

 あまりにも、いろいろなことがありすぎた1日だった。

 

 本来なら、この日は、早朝に関空に行ってGTS参加者のお見送りをし、事務所に戻って仕事をして、夕方前から燈花会初日のお手伝いに行って、無事の開会を祝う・・・そんな1日になるはずだった。

 

 ところが、まず、前日に連絡があり、急遽、松浦理事長と2人ですぐに東京に行かないといけなくなった。

 

 関空でGTS参加者のお見送りをした後、理事長と国内線に移動し、そのまま羽田空港へ。

 

 昼前に東京に着き、目的地へ。これは時間的にはすぐに終了。

 昼食をとって、もう一泊される理事長を残し、僕は新幹線で奈良へ。

 

 事務所に戻って、たまった仕事を片付け、そろそろ燈花会会場に行こうかと腰を上げかけたときに、森本から、「その電話」がかかってきた。

 

 夜の奈良市立病院の駐車場。

 電気の消えた暗い廊下。

 

 僕は専務理事だったので、そのことを、いろいろなメンバーに自分の口から連絡しなければならなかった。

 

 悲しいというよりも、むしろ、まったくありえない、想像もしないことで、実感が全然なかった。

 しかし、現実の光景は、それをいとも容赦なく破壊した。

 

 この日のことはこれからも一生忘れないだろうし、また忘れたくもない。

 だから、こうやって文字にして残している。

 

(2010/08/05)

 

理事会

 久々に多くのメンバーで顔を合わせました。サマコンがすでにずっと前のことのように感じます。といっても、2週間も経ってないんですけどね。

 

 今日は、会議の後に食事に行ったら、期せずしていろいろなメンバーと同席できました。公式な担いのない、ただああだこうだああだこうだと言える飲み会というのは久しぶりです。本当に楽しい時間でした。こうやってああだこうだああだこうだといろんな話ができるのが、JCの原点です。同席していただいた皆様、ありがとうございました!

 

(2010/08/04)

 

Marge Litchというバンド(2)

 5/31の続きです。

 

  99年の2月に、西九条のブランニューで初めてMarge Litchを見た。そもそも、ライブハウスでライブを見るということ自体、当時の私にはほとんど経験がないことだった。前の年の11月くらいに、メタル同盟の仲間から誘われて行ったのが初めてだったと思う。ライブといえばホール公演かスタジアム公演、あとはせいぜいクラブチッタかクアトロかオンエアーくらいしか知らなかった私にとって、「狭いところで」「アルバムも出していない」「日本のバンドが」「多数登場する」イベントというのは、それだけで十分新鮮だった。

 

 このMarge Litchの公演の存在をどこで知ったのか、実は今でも明確には思い出せない。どこかのレコード店でチラシをゲットしたんじゃかなかったかな・・・。そこで、バンドが見たいというのが半分、ライブハウスというところにもう一度行ってみたいというのが半分という中途半端な動機で、1人でブランニューに向かったのであった。

 

 対バンの3バンドが終わって、そして、「それ」はやってきた。

 

 あの狭いステージから出ているとはとても信じられないほどの凄まじい音圧、すべてのパートから炸裂しているテクニック、それらが複雑に絡み合いつつも一体となっているアンサンブル、その楽器部分をねじ伏せるほどの世良純子の驚異のヴォーカル、わずか5曲の間にステージに別世界を創り上げてしまう構築力。何から何までが衝撃的だった。口が半開きの状態で呆然としながら、最初は後ろの方でのんびり立っていたのに、最後は最前列にまで至っていた。後にも先にも、ライブ中にあのような状態になったのは、このときだけである。

 

 その数日後、通販で注文していた「悲劇の泉」(3rd、95年)と「Fantasien」(4th、98年)を入手した。その後数ヶ月間は、その2枚ばかり聴いていた。それまで10年以上、メタル/プログレについてはそこそこ聴いてきて、情報もあれこれ入手していたはずなのに、まったく知らないところでこんなとてつもないレベルの作品がリリースされていたのが、ショックでもあり、また興奮もした。

 

 その年には、バンドはあと3回大阪に来てくれたので、全部行った。毎回、最前列をゲットして、最初から最後まで頭を振りまくっていた。9月には東京でワンマンライブもあったので、新幹線に乗って見に行った。年末から翌年春にかけて、埼玉に研修に行っていたときにも東京公演があったので、これも見に行った。ちなみにこのときの対バンが、再結成アウターリミッツである。うーん凄い。

 

  続きます。

(2010/08/03)

 

クールビズ

 何か今年の夏って、今までと比べても異様に暑くないですか?

 

 もともと緒方は、「ネクタイを締めないと仕事をするモードにならない」派で、JCがクールビズ期間中であっても、仕事上は常にネクタイを締めていました。

 

 ところが今年は、さすがに断念。今は、ネクタイも上着もなしで通勤・勤務しています。法廷も多分これで大丈夫でしょう(一部、配慮する場合はあるでしょうけど)。そして、この涼しいスタイルは、何とも快適です。脳の回転も良くなるような気さえしてきます。

 

 こだわりも大事だけど、先入観にとらわれないことも大事だということですね。

 

(2010/08/02)

 

今日の1冊

天藤真「大誘拐」(創元推理文庫)

 

 今更私がどうこう言うまでもないかもしれない、日本ミステリー史上に燦然と輝く名作です。読んだのはもう高校生くらいのときですが、何で思い出したのかというと、これを映画化した作品が先日BSで放映されていたからです。

 

 金に困ったチンピラ3人組が、紀州一の大富豪のおばあちゃんを誘拐しようとするところから話が始まります。あれこれ四苦八苦して、何とか身柄を確保するところまでは行ったのですが・・・ここからの展開が、何から何まで凄い。ストーリーを書くだけでネタバレになってしまいます。しかも、優れているのは、特に複雑なトリックとか凝った設定をしているというのではなく、「発想の裏を突く」という一点だけで、次々に新たな展開を生んでいるという点です。「優れたネタほど、それは一言で説明できる」というのが私のミステリー観の持論なのですが、この作品はまさしくそれを地で行っています。

 

 そして、ネタが優れているだけでなく、ラストでは、「なぜ、そういうことになったのか」ということについてもきちんと決着をつけて、見事な着地を見せています。

 

 しかも、全体の雰囲気が、犯罪行為のはずなのにとても楽しいエンターテインメント感に満ちていて、明るく楽しく最後まで読み通すことができます。

 

 また、犯人側の動きだけではなく、警察側もそれと対等なくらい有能な描かれ方をしているのが素晴らしい。敵キャラが強いと、それだけ主人公側も引き立つというものです。

 

 この作品はいくつかの出版社から文庫化されていますが、現在は創元推理文庫で入手できるようです。絶版になる前にすぐに買いに行くのだ!

 

(2010/08/01)

 

今日の1本

「メメント」(2001年、米)

 

 前にDVDで見たのですが、先日、BSで放映されていました。「バットマン・ビギンズ」「ダークナイト」で天下を獲ったクリストファー・ノーラン監督の、31歳のときの作品です(つまり、彼はまだ40歳だ!)。International Movie Databaseの人気投票でも、幾多の歴史的有名作品に混じって、堂々と30位以内にランクインしています。

 

 記憶に障害があって、10分前からのことしか覚えていられないという男性が主人公です。その障害は、妻ともども襲われて頭を殴られてからのことであり、彼は、犯人への復讐を誓って必死で犯人を捜します。

 

 この彼の状況を見る側にも同一化させるために、ノーランが採ったのは、「時系列を10分(以下)単位で区切り、後に起きたことから順次前に遡っていく」という、あっと驚く手法でした。つまり、見ている側からしても、なぜ主人公がそこにいるのか、目の前の人がどういう関係で、なぜそこにいるのかは分かりません。それは、話が進んで、というか遡っていくにつれて、だんだんと明らかになってきます。

 

 想像するだけで頭が痛くなりそうな展開なのですが、それをきちんと整理して、集中して見さえすれば観客も話についていくことができる作りになっているのが見事です。そして、時間逆回転という設定を最大限に生かした、裏返しや軸の交錯などのテクニックも、そこかしこにちりばめられています。

 

 ラストでは意外な真相が明らかになりますが、そこで感じるのは、「実は自分たちも、この主人公と同じことをやっているのではないか?」ということ。それを感じさせるという一点において、この作品は、前代未聞の設定を行いながら、テクニックに溺れていない、1つの世界を完結させた作品として歴史に名を残すと考えます。

 

(2010/06/12)

 

地区役員会

 今月は大津で地区役員会です。谷岡会長のご厚意で、西灘会長からサポートいただき、7月14日の対話集会の件と、それを含めた10月1日までの大会誘致運動につき、PRの時間をいただきました。

 

 昨日はLOMについてのことを書きましたが、地区協議会に皆様についても、それを成り立たせている地区内の各ブロック協議会の皆様についても、たいへんなご理解とご支援をいただいています。もちろん、私たちに対する大きな期待あってのことです。その期待に応えられるだけのものを、今、自分の中で確立できているかどうか、何をすればいいのか分かっているかどうか、改めて自分に問い直してみましょう。

 

 まだ、自信がないという人もいるかもしれません。やるべきことができてなくて、焦っている人もいるかもしれません。そういうときの私の信条は、「自信がないときは、自信が持てるまでそのことを考える」「やるべきことができてないときは、まず、それをいつ、どのようにするかを考える」です。つまり、自分から山に登らない限り、山は決して低くはならないということです。

 

(2010/06/11)

 

LOM訪問

 全国大会誘致運動に関連して、各LOMへの訪問を続けています。とりわけ、本日は、「そのLOMのメンバーのみんなが集まっている場所」への訪問が続きました。つまり、そのLOMの例会や理事会や懇親会というような場面です。

 

 もちろん、話題のメインの1つは、対話集会に向けてのPRなのですが、対話集会に来ていただくことだけが目的ではありません。私たちが描こうとすることや、まちづくりの目的・目標を理解していただくこと、そこが中心です。そのためには、例えば対話集会のような場面で、1つの場にみんなが集っていただくことが効果的である。だからお越しいただくのです。

 

 そして、ただ情報(案内)を出すだけでは、人は来てくれません。こちらから足を運んでこそ、相手も足を運ぼうという気になっていただける。それは、JCメンバーであってもなくても、何ら変わりはありません。

 

 ただし、JCメンバーである場合は、もともと同じバッジをつけた同志であるわけですから、理解をしていただきやすいということは明らかに言えます。したがって、どこを訪問しても、こちらの予想を大きく上回るほどの歓迎をしていただいています。もちろんそれは、これまでにもいろいろな人たちが動いていただいたことの成果が残っているということでもあります。

 

(2010/06/10)

 

続々・コンタクト

 たまに「理事長ブログ読んでますよ~」と声をかけて下さる人がいて、とてもありがたく感じています。で、その場合に話題に上がる頻度が高いのが、実はコンタクトのことだったりします(笑)。

 

 最近発見したのですが、1日着けていて、夜、アルコールが入る場に行ったりすると、突然、目が重いというか堅いというか、違和感を感じるようになるのです。平たくいうと、とれそうになります。

 

 というわけで、再度、コンタクト歴○年のプロの奥様に教えを乞うたところ、「アルコールが入ると、血の巡りが良くなって、目のあたりも充血したような感じになって、それでとれやすくなる」ということでした。やっぱりこの感覚は正しかったのね。

 

(2010/06/09)

 

今日の1本

「バレンタインデー」(2010年、米)

 

 シンガポール行の飛行機の中で見ました。2~3月に日本でも公開されており、当時、映画館まで見に行っています。

 

 2月14日のハッピー・バレンタインの1日に、合計15人の男女が、それぞれの愛のゴールに向けていろんなことをしていくというお話です。もちろん、うまくいく人もいかない人もいます。また、思わぬ人が実は思わぬところで別の誰かと関わりがあったりして、いつしか全体として1つの大きな1日が完成していきます。

 

 この種の映画だと、誰でもすぐに思い出すのが、名作「ラブ・アクチュアリー」(03)だったりするわけですが、あのレベルにはさすがに及ばないものの、こちらもアメリカらしい恋愛群像劇として完成しており、十分楽しめます。何よりも、15人分の描写を約2時間でしっかり整理してまとめる腕が凄い。

 

 演技面では、ジェニファー・ガーナーの安定した芝居が印象に残りました。「JUNO/ジュノ」(07)で良い存在感を放っていた人ですが、これで今後の出演作がさらに気になります。男優陣は今ひとつキャラが弱かったかな。

 

 一組あたりに割ける時間は少ないので、恋愛映画の定跡通りだったり定番だったりするシーンも多いのですが、こういうのは、雰囲気がハッピーで見終わった後もハッピーならばそれで良いのです。

 

(2010/06/08)

 

帰国

 外が明るくなっていたので目が覚めました。何と今回は、機内で映画も見ず、ゲームもせず、音楽も聴かず、ほとんど離陸から着陸までぐっすり寝てしまいました。国際便でこんなのは初めてです。ちょっともったいない気分。

 

 昼頃に家に着き、荷物を解いて、シャワーを浴びて、スーツを着て事務所に直行。そのまま、山のようなメールと、山のようなFAXと、山のような郵便物と格闘していたら、あっという間に1日が終わってしまいました・・・。

 

(2010/06/07)

 

シンガポール(5日目)

 今日のメインのミッションは、14時30分からの解団式です。結団式や早朝会議よりもさらに大幅にメンバーが増え、熱気あふれる中での開催でした。結団式がもう3日も前のことになるんだなあ・・・。あと、昨年の長野の解団式では、ジュン・サップ・シンJCI会頭と、ボビー山本実行委員長(今年の理事長であり門前まち青年会議所連盟会長です)が涙ながらに抱き合っていたのも思い出しました。

 

 シンガポールの街並みでもう一つ気づいた点。すでに高層ビルや巨大モールの類がたくさんあるのですが、それでもまだ、あちこちに工事中のところがあります。それも、かなり大規模のものがです。どこまでも発展し続けるシンガポール、次に来たときはどうなっているのでしょうか。

 

 夜11時頃にチャンギ国際空港到着。同じ便で帰国する他LOMのメンバーにもたくさん会いました。最後にはお約束の、「残った現地通貨使い切りのためのお買い物」をして、機内で就寝です。

 

(2010/06/06)

 

シンガポール(4日目)

 今日は朝からメンバーが一緒だったので、空き時間を利用して、市内の各地を見て回りました。マーライオン、ラッフルズ・シティ、オーチャード通りなどなど・・・お楽しみいただけたでしょうか?

 

 市内も中心部になると、さらに人通りが増して、大都市の様相を呈してきます。というより、歩行人数の密度からいえば、東京や大阪にも十分匹敵します。また、ぶらぶら歩いているだけで、次々にブランド系の看板が目に入ってくるのが、いかにもシンガポールの中心部です。

 

 そして夜はジャパンナイトです。奈良JCの出展ブースは、「天平衣装を着て記念撮影をしようブース」です。インドの世界会議のジャパンナイトで、LOMのはっぴを着てもらうだけで外国人参加者には大受けだったということがありますが、このような「日本独特のもの」というのは、私たちが想像する以上に、彼らにとっては興味と関心を引きます。もちろん、天平衣装についても、それを掲げて「着てみますか?」と(一応英語で)声をかけるだけで、ほとんどすべての人が喜んで着てくれました。衣装や配布パンフを日本から根性で運んでくれた今柳室長と野崎委員長、ありがとうございました!

 

(2010/06/05)

 

シンガポール(3日目)

 朝は7時半からHQで早朝会議に出席。ASPACや世界会議などの国際会議の早朝会議は、京都会議でのそれとはかなり違います。椅子がすみずみまでしっかりと並べられ、シニア代表からもご出席されます。昨日入りしたメンバーも加わって、結団式よりもさらに人数が増えていました。

 

 夕方には、LOM本体のメンバーも到着してくれました。遠いところを本当にありがとうございます!ブース出展用品はもちろん、のぼりやそれをつける棒まで運んでいただいて、ひたすら頭が下がります。

 

 みんなで中華料理を美味しくいただいて、一昨日も書きましたシンガポール・フライヤー(巨大観覧車)に行きました。お楽しみいただけたかな?そうそう、その間には、フィッシュ・リフレクソロジーにも立ち寄りました。足を水槽に突っ込むと、小魚がたくさん寄ってきて、足の古い角質をついばんでくれるというものです。感想はいかがでした?

 

(2010/06/04)

 

シンガポール(2日目)

 午前中は、新しくできたマリーナ・ベイ・サンズへ。3つの高層ビルがあって、その屋上部分が展望台でつながれているという、日本では見ることのない形の建物です。目的はその55Fのスカイタワーだったのですが、行ってみたらまだオープンしてないということで、あえなく敗退しました;

 

 その後、シンガポールのお約束のマーライオンへ。前に見たときはもっと巨大なイメージがあったのですが、意外に小さかったです。海の対面から見ると、背後の高層ビル群に囲まれて、さらにしょぼく見えます。世界3大がっかりにふさわしい光景です(笑)。もっとも、物がしょぼいから雰囲気もしょぼいなんてことはなく、周辺は観光客で賑わっています。

 

 そして、これもお約束の、ラッフルズ・ホテルのロング・バーへ。ここはシンガポール・スリングの発祥の地として有名で、来る人来る人がみんな注文するのですが、私はこの後のことを考え、ジュースとコーラで我慢しました。

 

 いったんホテルに戻ってスーツに着替え、15時からHQで結団式です。ここだけでも推定300人くらいのJCメンバーが集結しています。相澤会頭や原田JCI常任副会頭はもちろん、ロラン・クェメンJCI会頭をはじめとする来賓の方々やシニアの方々からも、力強いスピーチが次々になされました。最後を締めくくったのは、国際グループ担当である福井副会頭です。ちなみに、緒方が2日からシンガポール入りしたのは、この結団式に間に合うようにするためです。当日(今日)入りだと、どうやっても間に合わなかったのですね。

 

 ところで、シンガポールの街並みですが、今日改めて気づいたのは、

・基本的に車社会。近そうに見えるところでも、歩くと遠い(暑いせいもあるが)。車道に比べて歩道はあまり整備されていない。

・タクシーが妙に豪華。その辺で停めたタクシーが、普通にベンツだったりする。

 その他、気づいた点はまたいずれ。

 

(2010/06/03)

 

シンガポール(1日目)

 ASPACシンガポール大会参加のため、関空を11:00に出るフライトでシンガポールに到着しました。

 

 到着したのはすでに夕方です。まず、明日から行くことになるHQ(ワールドコンベンションセンター)の下見を兼ねて散歩。すでに本部団には多数の人が詰めかけています。

 

 その後は、巨大観覧車であるシンガポールフライヤーに乗って、街の夜景を満喫しました。1つあたり10人くらい(というか、詰め込めば20人以上)入れる巨大ゴンドラです。ほかのゴンドラでは、テーブルを積み込んで中で優雅に食事をしているものもありました。あれは一体何だったんだろう・・・。

 

 ホテルに戻って、レストランで絶妙な中華料理をいただいて、本日のミッションは終了。明日からも頑張ります。

 

(2010/06/02)

 

7月入会者

 本日の理事会では、7月入会者についての審議が行われました。仲間が増える嬉しい審議です。

 

 この審議を、単に、手続上必要だから行ったととらえるだけでは、あまり意味がありません。我が身に置き換えて考えると、これから入会する人の審議をこのように行っているということは、自分が入会するときにも、それに先だって、当時の理事会構成メンバーがそのように審議をしてくれたはず。そのことまでさかのぼって思いをはせてみましょう。

 

 入会をするとき、面談で、奈良JCの一番基本的な事項について、説明を受けませんでしたか。また、自分からも、そのときに感じていたことを言ったりしませんでしたか。その光景をもう一度思い出してみましょう。目の前にいる人が誰なのかもそのときはあまり分からず、緊張と素朴な意思に満ちていたはず。それが初心です。

 

 新規入会にまつわるいろいろな手続は、現役会員にとっては、自分の初心を思い返し、何のために自分はJCに所属しているのかということを再認識する大事な機会でもあるのです。

 

(2010/06/01)

 

Marge Litchというバンド

 本当は、「今日の1枚」として、東京のバンドAlhambraが今年の4月に出した新作3rd「Solitude」について書こうとしていたのだが、これを書く上では、まずMarge Litchというバンドにふれないと、語ることができない。というわけで、まずはMarge Litchについてである。ちなみに読み方は、「マージュリッチ」である。

 

 99年から02年の間、私は、Marge Litchにのめりこんでいた。高校時代から聴き続けて来たプログレ/へヴィ・メタルの、終着点というか集大成というか、ついに自分が到達した先がMarge Litchであった。その筋の友人には、会う人ごとにその魅力を説いて回った。今、こうやってバンド名を入力しているだけでも、血湧き肉躍り、心臓が高鳴り、希望が湧き上がってくるほどである。

 

 出会いは、その前の年の98年9月に遡る。当時、修習のプログラムで、なぜか鈴鹿サーキットに見学に行くというのがあった(名目は、交通事故事件の勉強を踏まえ、車両速度の研究やスピンの実体験というものだった)。その帰りに、私は、集団と別れて四日市で下車した。なぜかというと、四日市の中古レコード屋に行きたかったからである。当時の私には、どこか地方に行くということは、その地の中古レコード屋を訪れるということとイコールであった。

 

 そこで偶然見つけたのが、Marge Litchの92年リリースの2nd「真実の指輪」だったのである。当時は、そのバンド名は、どこかの雑誌で読んだのがおぼろげに記憶の端にある程度だった。しかも、マイナーレーベルのジャパニーズ・プログレらしく、中古で1800円くらいしていた。いったんは買わずに店を出て駅に戻ったのだが、どうしても気になって店に戻り、結局買って帰った。あのときそのまま帰っていたらどうなっていたかと思うと、今でも恐ろしさのあまり身の毛がよだつ。

 

 「真実の指輪」は、音はやや薄っぺらだったものの、メロディや曲の構成がしっかりと作り込まれていて、それなりに楽しめる内容になっていた。ジャパニーズ・プログレといえば、シンフォ系かメタル寄り一直線プログレ・ハードのどちらかと思っていた私にとっては、新鮮な発見だった。何よりも、90年代にもなってそのようなバキバキのプログレが存在していたというのが驚きだった。

 

 そして、翌99年の2月に、私は、自分の人生を確実に変えたと断言できる衝撃の生ライブを体験するのであるが、長くなってきたので、続きはまたいずれ。

 

(2010/05/31)

 

真鶴

 午前中は全運全体会議にオブザーブ出席。その後、徒歩でまず、西村京太郎記念館に向かいました。この人の本はそんなに読んでいないのですが、トラベル・ミステリーではない「殺しの双曲線」だけは大好きです。現在湯河原在住ということも初めて知りました。

 

 その後は、小田原JCのメンバーのご紹介で、真鶴駅前の鮨屋で昼食。実はここは、08全運の打ち上げを熱海で行った翌日の帰りにスタッフで寄ったところです。お店の方がそれを覚えておいでで、びっくりしました。

 

 当然のことながら、味は激旨というか何というか、もうここまで来てよかったという感じです。海沿いの街の底力は凄いです。

 

 ビールが回って、帰りの新幹線では爆睡。すっかり湯けむりグルメツアーの2日間でした。こういうところも、遠征の醍醐味です。

 

(2010/05/30)

 

湯河原

 全運諸会議への参加、今週末は小田原から少し離れた湯河原です。

 

 案内を見ると、懇親会と宿泊と明日の全体会議が同じ場所、懇親会の開始は19時30分、宿泊場所はどうみても温泉旅館っぽい雰囲気。これは温泉に入ってから浴衣で懇親会に来いということであろうと勝手に予測して、少し早めに到着し、気持ち良い温泉をいただきました。

 

 湯河原は、場所的には、小田原と熱海の中間くらいです。神奈川県のぎりぎり西の端で、静岡県との県境です。箱根湯本や熱海ほどたくさんの観光客が押し寄せるわけではないのですが、逆に、著名人のプライベートな休養の場所としても発達したところです。

 

 旅館到着、温泉、大座敷での懇親会と、私の中ではほとんど会員旅行の雰囲気でした。こんな時期にこんなにごゆるりしちゃっていいのでしょうかという感じです。また、懇親会の後では、古川実行委員長や佐藤大会事務局長のご手配で、さらに楽しい席に連れて行っていただきました。ありがとうございました!

 

(2010/05/29)

 

ブロック褒賞審査会

 今日は、奈良ブロックの褒賞審査会でした。プレゼン資料をご準備いただきました今柳委員長、おつかれさまでした!

 

 プレゼンでは、有馬君が堂々としたスピーチを行い、質疑応答についても的確に回答していました。何気なく書いていますが、これは凄いことです。なぜなら、今回の審査で中心的に質問をされたのは、各LOMの歴代理事長であるからです。その質問の意味をその場で理解して、事業内容に照らし合わせて回答を引っ張り出し、なおかつ聞く人に分かる言葉を選んで説明する、というだけで大変なことです。ここ数年間にブロックでの上程を担当した人(副会長や議長・委員長を経験した人)であれば、これが大変なことであることはよく分かるでしょう。

 

 そして、今回の褒賞審査では、プレゼンの重要性やポイントというのも分かったかと思います。どれだけ時間を重ねて準備した事業であっても、プレゼンの時間は(今回の場合は)6分しかありません。この中で、全部のことを、それも初めて聞く人に理解してもらわないといけないのです。1つ1つの言葉を一切無駄にせず凝縮して意味を込めること、ちょっと言葉を入れ替えただけでがらっと内容が変わってしまうこと、またPPや資料の作り方についても、担当した方々は得難い体験をしたことでしょう。

 

 そしてさらに、こういったことは、日常業務でもそのまま通用します。自分の事業所でやっていることを、どうやって短時間でお客さんや関係者に理解していただくのか?そのようなことまであわせて磨くこともできるわけです。つまり、この褒賞審査に参加して一番得をしたのは、有馬君であるということです。

 

(2010/05/28)

 

招致理念

 全国大会招致実行委員会に出席しました。お集まりいただいた皆様、設営いただいた実行委員会の皆様、ありがとうございました。

 

 いよいよ立候補資料の全体が完成に近づいて、何も考えずに見ると、その膨大な量に圧倒されそうになりますが、まだ、どこから読んでいいのか分からないけどどうしよう、という場合の答えは簡単です。最初にまず招致理念です。それ以外はすべて後回しでいいです。逆に、招致理念をすみずみまで中身をつかまないままに先に進んでしまうのは、止めて下さい。

 

 そして、理念を読むときも、読み方があります。ただ書いてあることを読んで日本語として理解するだけでは、半分しか読んだことになりません。1つ1つの言葉について、自分にとってのそれは何なのか、日常生活の中でどのようなときにそれを感じるのか、というように、自分の言葉や自分の体験に置き換えて考えることが重要です。それでこそ、理念に書かれていることが、全員の心の中で共通するものになり、意味を持ってきます。

 

 ちなみに、08の立候補4LOMの対話集会では、90分の質疑応答のうち、短いところでも75分、長いところでは90分全部が理念についての質疑応答でした。理念というのは、それくらいのものです。

 

(2010/05/27)

 

ブロック大会の交流会

 今日はブロックの本会議です。依頼・確認事項で、ブロック会員大会の交流会の議案が上程されました。以前は協議・審議上程をされていましたが、会計処理の関係で、今は依頼・確認上程となっています。とはいえ、内容的には、ブロック内全メンバーを集めるとても大事な案件なので、実質的には協議・審議に近い意見交換がなされています。

 

 奈良JCとして注目しなければならないのは、この交流会についても、我らが誇る懇親会のエース・辻本達也が担当副会長であるということです。面白くないはずがありません。これだけでも行ってみたくなるというものではありませんか。

 

 今日は2つの提案を意見として申し伝えましたが、それがどのように反映されるのかも楽しみです。

 

 6月20日、フォーラム・式典も含めて、よろしくお願いします!

 

(2010/5/26)

 

正副役員会議

 そういえば、正副役員会議というものについてまだ書いたことがなかったなあ。というわけで、今日は5月の正副役員会議でした。

 

 事務局長時代にオブザーブ出席をしていたのを含めれば、今年で6年目の正副役員会議になります。実は、緒方がJCに対する視野を大きく広げさせられたのは、この事務局長時代の正副役員会議だったりします。

 

 ただパソコンを持ってみんなが集まっているだけなのに、何のギミックや演出があるわけでもないのに、全員が頭脳をフル回転させて1つの議題に挑み、次々に新たな意見が出され、真剣な議論がなされ、次の解決がなされていく、その光景に感動すら覚えました。

 

 その後、年ごとにいろいろな想い出がありますし、毎年の会議の場所の光景はどの年も今でも鮮明に思い出せます。そして、深夜まで妥協なく考えて取り組んだからこそ、実行されるときには、全員が自分からその事業に入っていき、何が起こっても対応することができます。

 

 ちなみに、事務局長として正副役員会議をオブザーブするのは、単純に言って、超お勧めです。発言権はありません(それなのに深夜まで残らないといけません)が、それによりかえって、誰が何を考えているのかが手に取るように分かります。当然、この問題についてはこの角度から考えるのかというような勉強にもなります。みんなに一度はやってみてほしいです。

 

(2010/05/25)

 

5月

 ふと手帳を見ると、月曜日の朝から金曜日の夜まで、すべて予定が埋まっています。おいおい。

 

 3月末くらいに、年度末と年度初めは意外にこの業界は時間が空きます、ということを書きましたが、実はその裏返しが来るのがこの時期なのです。4月上旬くらいまでにいろんなことが(主として裁判所の事情で)一時的に止まっていて、それが先送りになってこの時期に集中してくる。もちろん、新たな業務も加わってくる。そんなわけで、例年、この時期の手帳は黒度合が高くなります。

 

 スケジュールが詰まってくると、体や頭自体は逆に楽になります(定められたレールの上を走るだけだから)。とはいえ、それは同時に自分が視野狭窄になりがちなことを意味しているので、この間に何か見落としていることがあるのではないかと、警戒が緩められません。

 

(2010/05/24)

 

郡山JC

 実は、昨日の主管セミナー終了後、急遽、弔事関係で郡山に行くことになって、森本専務と2人で新幹線に飛び乗って行ってきました。一泊して本日、飛行機で帰ってきたわけです。

 

 いきなりお伺いしたにもかかわらず、郡山JCの伊野理事長・塩田専務理事からは、たいへんご丁寧で心温まる配慮をいただきました。本当に感謝の言葉が言い尽くせません。ありがとうございました!

 

 皆様もご存じのとおり、奈良JCと郡山JCは、36年にわたって姉妹JCの交流を続けています。しかし、奈良JCと郡山JCほど密接な関係を持った姉妹JCは、ほかにはないと断言できます。単なる行き来の交流や酒の席での交流ではない、運動を共有した、意識を共有した関係、互いに相手のために汗を惜しまない強い協力関係があるのです。そして何より、郡山JCのメンバーの皆様には、我々が大いに学ぶべき、志の高さ、運動者としての熱さ、行動の速さ、そして精神力の強さがあります。だからこそ、この姉妹JCの関係も、実体を伴った深く密接な関係に高められているのです。

 

 我々が行おうとすることのすべてを、郡山の皆様は、はるか遠い東北の地から着実に見守り、そして心からの応援を送っていただいています。まさしく「同志」と呼ばせていただきたい存在です。

 

(2010/05/23)

 

全国大会主管セミナー

 理事会オブザーブに引き続き、JC会館で、全国大会主管セミナーに参加してきました。奈良からこれのために来東された皆様、ありがとうございました。もちろん、運営側では、芳野会計幹事、野末さんも大活躍でした。

 

 今日のセミナーでは、大和田監事(98徳島大会全運会計幹事、03福井大会全運副議長、04水戸大会実行委員長、06郡山大会全運議長、08浜松大会全運担当常任理事という凄い経歴の人)のご講演もありましたが、一番強調されていたのは、「これからの全国大会は、記念事業こそが重要である」ということです。大会プログラムの中で、地域色を生かしたり、地域を発信したりする場面はいくつもある。しかしそれだけではなく、それが記念事業という形で地域に還元され、運動として完成されてこそ、大会主管の真価が発揮される、ということです。それから、大会主管を考える上では、地域ビジョンこそが重要であるということ。漠然と美しい言葉を並べるのではなく、実現可能な、検証可能なものになっていることが大事である、ということです。

 

 実は、緒方は、2年前にこのセミナーが初めて行われたときの担当副議長だったりするので、その後にこうやって続いているのは、ちょっと嬉しかったりします。ちなみにその第1回では、誰も止めなかったので、一泊二日のプログラムにしてその間に課題を書かせて発表させるなんてこともしました。よくあんなことできたなあ。

 

(2010/05/22)

 

町村会館

 日本JC理事会オブザーブの前乗りのため、東京に来ています。宿はいつもの全国町村会館です。

 

 部屋が広い、バスルームの使い勝手が良い、色彩構成が落ち着く、新聞を毎朝部屋まで配ってくれる、JC会館に近い、料金が安い、など、町村会館が好きな理由はいくつもありますが、ここで毎回感動するのは、電気ポットの処理です。部屋に入った時点ではすでにコードがつながれており、カードキーを差し込むと電源が入り、荷物を解いて一段落したときにはすでにお湯が沸いている、という寸法です。これをやってるホテルってあまりないですよね。使う側が何をどのタイミングで必要としているかということを細部までシミュレートした、心憎い設定です。

 

 ちなみに、ビジネスホテルで私が第一に求めるのは、時刻の表示と、モーニングコールの説明です。今が何時であるのかということの把握と、モーニングコールの設定は、どんな宿泊客でも必ず行っているはずです。時計は大きな表示で、すぐ見える位置にあること(外では腕時計を見ればよいのですが、室内では外しています)。モーニングコールの設定は、電話のすぐ横に、すぐ分かるように表示されていること。これだけでよいのですが、これができていないホテルは結構あります。

 

 利用者のニーズが実はどこにあるのかということは、案外サービス側には盲点になっていることもあります。自分の業務を顧みて、心したいものです。

 

(2010/05/21)

 

入会候補者オリエンテーション

 本日は、入会候補者オリエンテーションでした。林委員長、おつかれさまでした!また、ご講演いただきました高木先輩、ありがとうございました。

 

 入会候補者オリエンテーションは、もちろん、「入会候補者の方々に入会の意思を高めていただく」ことが最重要目的です。が、実は、現役会員にとっては、入会当時の素朴な感覚と緊張感を思い出すという重要な機能も有しています。何のために自分はJCに入っているのか、そういう根源的なことすら考え直す機会でもあります。

 

 昨年の1回目の理事予定者会議で、私は、理事の皆様に1つの言葉を贈りました。理事の皆様は、覚えていますでしょうか?そのうち個別に確認しますので、しっかり思い出しておいて下さい。

 

 そしてもちろん、一番大事なことは、これを大事な中継点として、またリスタートとして、会員拡大をさらに推進することです。オリエンテーションに入会候補者の方がおられるということは、それを導いた現役会員(または特別会員)がどこかにいるということです。現に成果を上げている人があなたの横にいるのです。つまり、「僕にはできません」といういいわけは通用しない、ということですよ。

 

 まだ今からでも間に合います。あなたが間をつないでさえくれれば、あとは担当委員会メンバーがすべてフォローします。ほんの一歩の行動で、LOM全体が大きく発展します。そしてそれは、めぐりめぐって、あなたと回りのみんなの未来のJC活動を充実させ、楽しくするための、一番確実な一歩でもあります。

 

(2010/05/20)

 

相談センター

 実は緒方は、弁護士会の法律相談センター運営委員会というものにも所属しています。本日は、その委員会でした。

 

 今日の論点は、各自治体の女性相談のあり方についてです。女性相談は、もともと、女性弁護士への相談を希望する女性相談者のために各地で開設されているのですが、場所によっては、その本来の役割と異なる利用のされ方がされている実態があるのです(例えば、相談者は女性でも、相談内容はその夫の事業についてであるとか、枠が空いているので一般の相談者を入れたりとか)。

 

 突き詰めて考えると、これらの問題点は、立ち上げにあたって、その目的が自治体担当者のレベルで明確にされていない、目的を実践するための手法が伴われていない、といったところに突き当たります。つまり、場所によっては、「女性相談を設けているといえば聞こえはいいし、予算もおりやすいし」という程度の認識で作ってしまっているところが、どうもあるようなのです。

 

 制度設計にあたっての目的や構想の重要性は、どんな場面でも同じであると感じさせられます。

 

(2010/05/19)

 

理念部会

 少し前にもありましたが、全国大会招致の理念部会に改めて参加をいたしました。

 

 これだけ繰り返し読み直しを行っていても、まだ、修正すべき点が出てくる。1行を、1単語を入れ替えるだけで、全然印象が違ってくる。叡智が結集されたときの無限の力を感じます。そして、「まだないか」「もうないか」で出てきた、脳のすべてを振り絞って出された意見ほど、とても重要なところ、見過ごされがちなところを鋭く突いてきます。

 

 現象面として存在するのは、理念とは、紙に書かれた文章があるだけです。それを「ただ読むだけ」では、ああそうですかで終わってしまいます。しかし、まったく同じ文章でも、一文一文の意味するところを考え、自分で「解釈」を施しながら読んでいくと、それは大きな輝きを持つものとなります。自分にとっての○○とはこういう意味だ、実生活の中では自分はこのような場面でそれを感じる、そういった「想像力」が必要なのです。

 

 つまり、理念をただの文章にするのも、輝かせるのも、むしろ読む側次第である、ということを私たちは認識しないといけません。もちろん、書く側は、そのような解釈や想像力を働かせることができるような文章を書かないといけないわけです。

 

(2010/05/18)

 

理事長会

 桜井で、ブロック内9LOMの理事長会が行われました。ご設営いただきました田中理事長、ありがとうございます。

 

 毎回、理事長会で感じることは、理事長会はただの懇親の場ではないということです。エリアや構成メンバーは違っていても、それぞれにメンバーに対する全責任を負って活動をされている方々は、やはり発言の重みが違います。

 

 高い志と広い視野、そして自分の視点だけでは気づかない運動の角度、そのようなことを得られる場でもあります。毎月1回このような場に参加できるというのは、本当にありがたいことです。

 

(2010/05/17)

 

続・コンタクト

 コンタクトを使う本来の目的だった用件は終わりましたが、その後も何となく使い続けています。

 

 コンタクトを使うと、目薬を頻繁に使うようになります。今頃になって知ったのですが、目薬というのは、さしてみると、目がひんやりしてとても気持ちいいのです。やみつきになりそうです(緒方は、幼稚園時代の水泳教室以来、目薬というものを使ったことがありませんでした)。

 

 というわけで調子に乗ってさしていたら、ここ数日、目薬をさすとコンタクトが外れる、という事態を経験するようになりました。そこで、コンタクト歴○年のプロである奥様に教えを乞うたところ、一度に入れすぎると流れやすくなってかえってよくない、ということでありました。

 

 40を目前にしても、新たなことに挑戦すると(大げさ?)、毎日が一喜一憂で、ドラマチックです。

 

(2010/05/16)

 

シンガポールの想い出

 気がつけば、ASPACシンガポール大会までもう2週間とちょっとです。というわけで、海外の想い出シリーズ、今日はシンガポールです。

 

 2006年の11月に、マレーシアとのセットのツアーでシンガポールに行きました。セットなので、後者に滞在したのは正味2日間くらいなのですが。

 

 シンガポールは、明らかになっている歴史は200年くらいしかなく、その間の貿易基点として発達した国です。なので、歴史的資産や文化遺産の類はあまり存在しません。買い物とかリゾートとか食べ歩き目的で行くのに適したところです。

 

 観光地でいえば、一番有名なのは、世界3大がっかりの1つ、マーライオンですね。巨大なライオンの象が屹立していて、その口から水流が噴き出ているのですが、顔が海側を向いています。つまり、陸地から接近しても、背中しか見えません(笑)。フェリーか何かに乗って海に出ると、全貌を見ることができます。もっとも、あまりに評判が悪いのを気にしたのか、少し前に、海面上にデッキみたいなのを渡して、今は船に乗らなくても正面が見えるようになっています。

 

 あとは、シンガポール動物園の隣にあるナイトサファリですね。トラムで回るのですが、このガイドさんが、「後ろの方の車両の皆様からは、そろそろ右側の奥の岩の上に○○が見えるかと思いますが・・・」と、動物がどこからどう見えるかを寸分の違いもなく全部正確に示してくれるのです。これには感動しました。動物たちも、別にその辺にいるわけではなく、隠れていたり寝ていたりするので、言われないと分かりません(しかも夜です。当然周りは真っ暗です)。トラムも何両もあるので、一番前からは後ろがどの位置なのかは分からないはずです。何であんな的確なポイントで案内できるのか、今でも不思議です。

 

 治安も良くすごしやすい国なので、今からASPACが楽しみです。というか、実は昨年から楽しみだったんですけどね。

 

(2010/05/15)

 

地区役員会

 今日は、商工会議所で地区の役員会でした。地区の役員会は、毎回、役員の輩出ご当地を転々としていますが、今回は、尾形副会長の輩出元ということで奈良で行われたわけです。

 

 本日は、地区大会とGTSとASPACブース出展の各議案が審議可決されました。審議段階でも意見や質問が数多く提出され、ぎりぎりまで細部の修正や確認が行われました。また、審議上程に伴って、泉州地域から多くの理事長の皆様がオブザーブに来られていました。

 

 尾形副会長は、土俵際まで数度にわたって押されつつもぎりぎりのところで押し返す粘り強さで、見事に式典と懇親会の両議案を可決に導きました。おめでとうございます!

 

 審議をするということは、レシピと食材と分量を決めるということです。そのことはとても重要ではあっても、それだけでは、実体としては何も存在していません。大事なことは、それにしたがって食材を揃え、レシピどおりに料理を完成させ、お客様にお出しすることです。そのときに迷わずに一直線に進むことができるように、直前の段階で余計なことに手を取られないように、あらかじめ議案を徹底して協議・審議するのです。

 

 ちなみに、今日一番印象的だった意見は、山本運営専務からの、「参加員数計画は5000人であり、すべてそれを前提に計画されているのに、それを超えた場合は上限6000人まで対応すると書かれている。実際に6000人来たときに、十分なサービスを提供できるのか?警備はできるのか?」という質問でした。つまり、参加員数計画の数字は、そこまで大事なものであるわけです。この辺でも何とかなるだろうというどんぶり勘定では駄目なのです。尾形副会長がどう答えて乗り切ったかは書かないので、みんなも考えてみてね。

 

 それからもう一つ出た質問として、「懇親会の登場アーティストは撮影禁止ということであるが、何も対策をしなければ、必ずカメラや携帯で撮影する人が出てくる。対策は考えているか?」というのもありました。皆さんが設営の責任者だったら、どういう対策を練りますか?

 

(2010/05/14)

 

被疑者国選

 法テラスから被疑者国選の依頼が来たので、中和地方の某警察署に接見に行ってきました。

 

 もともと、被訴追者が国選で(国費で)弁護人を選任できるのは、長い間、被告人になってから(つまり起訴後だけ)でした。数年前に一部の重大罪名の場合だけ被疑者段階(起訴前)から選任できるようになり、昨年からその範囲が一気に拡大されました。これは、刑事弁護をやる人の長年の悲願でもありました。

 

 とはいえ、被疑者弁護は、被告人弁護に比べると、多くの場合「短期集中」であり、数日間(大抵は10日~20日)の間にすべてのことをやらないといけません。もっといえば、重大事件だったり否認事件だったりすると、その期間の予定は全部飛んでもおかしくないくらいです。それと、逮捕・勾留されても起訴されない人もいるわけで、当然、対象となる母数は被告人よりも被疑者の方がはるかに多いわけです。

 

 そんなことから、被疑者国選の範囲が拡大されるときは、はたして制度自体が成り立つのかと懸念されてもいたのですが、今のところ、特に重大な問題もなく運用されています。少なくとも、制度自体が成り立たないことはありません。

 

 つまり、新しい何かをやろうとするときは、客観的に何かができるかできないかということよりも、やろうという意志があるかどうかの要因の方が重要であるわけです。

 

(2010/05/13)

 

弥津藤会

 弥津藤会にご出席いただきました皆様、ありがとうございました!

 

 年に一度、春日大社内で正式参拝をさせていただき、しかも、境内内で、神職の皆様と懇親を深めることができ、そしてその場には特別会員の皆様も多数お越しいただいているということ。このことのありがたみを、皆で実感することが大事です。当たり前にできることではないよ。

 

 春日大社を取り巻く春日山は、「神々の山」です。草一本、石埃1つに至るまで、人間の手を入れない、あるがままの姿を尊重する理念が満ちています(ある一定の場所から先は、業を積んだ神職の方でも、年に1回あるいは数年に1回しか入れないなど、さまざまな決まり事があります)。そのような環境がごく身近にあることの意味について、私たちはより自覚的である必要があります。

 

 例えば、本殿はよく見ると斜めの斜面上に建っており、回廊も直角ではありません。これは、斜面を削り取って建物を建てるのではなく、あるがままの自然の状態を極力尊重して建物を建てた結果、そのようになっているのです(當嶋君の受け売りですが、もっとも印象的だった話です)。

 

 ただ行くだけだったら参拝して終わりなのですが、意味を知ってから訪れると、知らなかったものがいくつも見えてくる、そんな場面は私たちの身の回りにたくさん存在します。

 

(2010/05/12)

 

大会記念事業

 全国大会招致実行委員会に出席させていただきました。今日の論点は、大会記念事業についてです。

 

 全国大会がなくても、LOMはもともと事業は行っています。それでは、あえて記念事業をする意味は何なのか?もともとの事業とは何が違うのか?

 

 つまり、「大会がなければ実行できない事業」が「大会記念事業」なのです。

 緒方の理解では、その特質は、

1 招致理念を反映した事業を行う

2 大会の開催年度における実施を見越して、招致年度から計画立案を進める

 (=単年度制の弱点を乗り越えられる)

3 大会準備を通じて形成された地域との関係を生かした事業を行う

というところにあります。

 ただし、招致理念はもともとLOMのビジョンや方向性と一致しているべきものなので、理想的な状態であれば、1は大きな差にはなりません。つまり、2と3が重要ということになります。

 

 本日提案された記念事業案は、いずれも、1~3の条件を満たしうるものでありました。案の概要を聞くだけで、どきどき感やわくわく感が湧き上がってきます。細かいところまで考え出すと、本当に3年がかりでないと実現できないようなボリュームがあります。

 

 記念事業は、大会の各パートの中でも、一番、地域に直接影響を与えられるものであり、また、LOMの自由な発想を生かすことのできる部分です。皆様の地域への情熱と柔軟な発想をよろしくお願いいたします。

 

(2010/05/11)

 

今日の1本

「私の中のあなた」(09年、米)

 

 昨年秋に日本で公開され、当時映画館まで見に行きましたが、再度見たくなったのでDVDを買いました。

 

 姉が生後すぐに白血病が発覚。両親は、臓器移植の便宜も視野に入れて二人目の子(妹)をつくり、実際に妹はドナーとして移植を行ってきましたが、その妹が両親に対して、臓器の提供を拒否するという訴訟を起こします。

 

 作品の終幕部分で、この主人公の1つの結論が示されます。その着地部分が実に示唆的かつ印象的で、この問題の本質はどこにあるのかということを明確に示しています。姉妹間のドナーとか、両親に対する訴訟提起とか、そういった設定の部分に寄りかからない、作品としての主題が存在しています。そこが、この映画の優れているところです。

 

 母親役のキャメロン・ディアスの充実した演技が見事です。私はこの人が演技ができるなどということはこれまで考えたこともなかったのですが、この作品では、1つの想いに基づいて突き進み、同時に二人の子に対する深い愛情を感じさせ、さらに周りに受け入れられない壁に当たったときの迷走や逡巡も表現するという、非常に難易度の高い演技をクリアしています。今までこの人はお馬鹿コメディを主戦場としていたのですが、これからはこのようなシリアスな役柄にどんどん挑んでほしいです。

 

 妹役は、リトル・ミス・サンシャインで子役史上に残る強烈な存在を放っていたアビゲイル・ブレスリンであり、ここでも、歴戦の大人俳優を相手に一歩も引かない強力なオーラを発しています。ハリウッドの子役はいつの間にかどこかに行ってしまうことが多いのですが、これからも長年にわたって活躍してほしいです。

 

 あまり前には出てきませんが、弁護士役のアレック・ボールドウィンと判事役のジョーン・キューザックのサポートもしっかりしています。アレック・ボールドウィンは、出てることには気づいても役柄として印象的ということはこれまでなかったのですが、この作品で初めて見直しました。ジョーン・キューザックは、以前はぶっとんだ役も多かった気がしますが、こんな登場人物の要の役を粛々と務めるようになったのですね・・・。

 

 俳優たちの演技アンサンブルと制作者の祈りにも似た想いを感じ取れる、一度見たら忘れがたい作品です。

 

(2010/05/10)

 

続・天平行列

 2回目の天平行列も無事に終了いたしました。野崎委員長、本当におつかれさまでした!

 

 今回は、緒方は、聖武天皇役で輿に乗せていただけるという、とてつもない大役をいただきました。理事長の役得にもいろいろありますが、こんな役をいただけるというのはそうそうないはずです。というか、100年に一度の大役です。おそらく、この経験は緒方の一生に残るでしょう。

 

 少し驚いたのは、衣装とメイクをつけてその辺を歩いていただけで、子供たちが「しょうむてんのうだ」「しょうむてんのうだ」と言って、それが何であるのかに気づいていたことです。日常的な教育がきちんと行われているのでしょう。緒方があの年の頃は、間違いなく知らなかったぞ。

 

 そして、当日の終了の挨拶でも述べましたが、理事長がそのような経験をさせていただけるのも、今柳室長や野崎委員長や担当委員会メンバーが、実行委員会に何回も出席し、2010年塾で作業を行い、何千人規模の参加者に的確な対応を行っていただいたからこそです。つまり、奈良JCという組織そのものに対する厚い信頼があったからこそ、たまたま本番の年の理事長だった緒方が輿に乗せてもらえたのです。したがって、あの場で輿に乗っていたのは、緒方ではなく、奈良JCそのものが乗っていたというように考えて下さい。もちろん、それには、これまでの遷都祭の中で中心的に関わられてきた幾多の先輩の功績や、その年ごとの奈良JCの担当委員会メンバーの活動も大きく影響していることを忘れてはいけません。

 

 大きなことをやり終えたからこそ、次にやるべきことが見えてきます。これをゴールと同時にスターターとして、加速していきましょう!

 

(2010/05/09)

 

今日の1枚

Black Clouds & Silver Linings / Dream Theater ('09)

 

(5/5から続く)そんなわけで買ってきた通算10作目です。もともと「まだ買わなくていいや」でずるずる引っ張っていたのを、ある日ある店で店頭在庫を見てしまい、「ここで買わなかったらまたずっと先延ばしになってしまう」というよく分からない理由で買ってきたのです。ところが、予想に相違して、すでに何回も聴いていますし、聴き終わったらまたもう一度聴きたくなります。

 

 特に02年の「Six Degrees Of Inner Turbulence」以降、彼らは明確にサウンドの重厚低音&楽曲の複雑構成路線を推し進めてきました。その徹底暴走ぶりは逆に楽しくもあったのですが、聴いていて疲れることもあったのも事実です。今回もその路線は変わっているわけではありません(6曲中4曲が10分以上です)。ところが、今回は、1つ1つの音が妙に耳に優しいのです。ジェイムズ・ラブリエのヴォーカルが久々に生き生きしています。録音とかミキシングが変わったのかと思ったのですが、前作と同じ人なので、そこが理由ではないようです。

 

 前に書いたとおり、彼らとはついたり離れたりしながら20年以上も聴き続けてきましたが、今後もまだまだ付き合いは続けなければならないようです。

 

 オマケでカヴァー集の特典ディスクがついており、これだけでレビューが1本書けそうなほどのネタの宝庫なのですが、とりあえず何としても書いておかなければならないのは、ZEBRAの"Take Your Fingers From My Hair"をカヴァーしていること。あのZEBRAですよ。80年代の伝説の3人組の。ちょうどTheaterがデビューする少し前に活動していたのです。何か、いろいろと想像して嬉しくなります。大体、ZEBRAが人にカヴァーされるのって、もしかしたら初めてなんでは?

 

(2010/05/08)

 

 

理念部会

 全国大会の招致理念部会に出席しました。連休の谷間のお忙しい中でお集まりいただきました皆様、ありがとうございます。

 

 これまでもそうだったのですが、会議の開始時点では、そこにあるのが最高のものであって、直すところなどないように見えるのに、いざみんなで頭を寄せ合って、談義を交わしつつ進めていると、意外にも多くの変更箇所が見つかるのです。そして、出た意見に即して直していくと、必ず、前よりも良いものになっています。

 

 ことに、06からの招致理念を並べて、さらに今年の理念案を見ると、そのサイクルが年度越し単位で繰り返されてきているのがよく分かります。

 

 ということは、今日この場にいなかった人が同じように理念案を睨んで意見を出していくと、さらに良いものになっていくわけです。理念を全員のものとするために、よろしくお願いいたします。

 

 なお、改めて思うのは、理念というのは、精度が高まるほど、より単純に、明快に、1本に凝縮されたものになっていくということです。つまり、それだけごまかしのないものになっているということなのです。

 

(2010/05/07)

 

 

 

理事会

 本日の理事会では、組織面に関する重要な審議がなされました。これまで数か月にわたって議論を行っていただきましたが、大きな区切りを迎えたという実感を感じています。

 

 何よりもありがたかったのは、審議段階であっても、理事の皆様から、疑問点や不明な点を遠慮なく提出いただき、納得の上で審議をいただいたことです。途中、2回の休憩を挟んでの審議でしたが、それだけの価値のある決議でした。

 

 大事なことは、ここで決められた制度論はあくまでも手段であって目的ではなく、それによって構成された組織に基づいて我々が運動を推進するために様々な決めごとをしているということ、組織はあくまでも運動に奉仕するためのものであるということです。そして、何のためにこのような制度を作ったのかということを、我々自身が正しく理解するということです。

 

 制度論なので、どのような場合でもメリット・デメリットはあります。今回決められた制度も、すべてのデメリットを完全に解消できるものではありません。しかし、これまでに出されていた疑問点の多くを解消し、現時点で考えられる制度の中では最善のものであるということは、自信を持って提示できます。

 

 とても大事な部分なので、不明な点は今後も遠慮なく周りの人に訊いて下さい。

 よろしくお願いいたします。

 

(2010/05/06)

 

Dream Theaterというバンド

 実は、「今日の1枚」として、先日購入した「Black Clouds & Silver Linings」(09)のことを書こうと思っていたのですが、それを書こうとしたときに、これまでの自分とDream Theaterとの関わりがつらつらと思い出されてきたのです。というわけで、まずは、このバンドに関するこれまでの想い出から。

 

 出会いは89年、彼らがデビューしたときです。ミュージック・ライフ誌の新作レビューで、いきなりの5つ星で大絶賛評価。速攻でCDをレンタルに走りました。衝撃でした。CDを買う順番を変更して、1か月後にはCDを入手しました。ただ、悲しかったのは、当時洋楽が盛んであった高校の我々のクラスでも、1人を除いて誰もこのバンドを知らなかったことでした。

 

 その後、ぱったりと情報も途絶え、どこで何をしているのかも分からなかったのですが、92年の秋に、再び奇跡が起こりました。ジェイムズ・ラブリエというヴォーカリストを発掘したバンドは、語り継がれる名盤「Images And Words」をリリースしました。当時は私は大学の洋楽サークルに所属しており、その中のメタル同盟の数名間で、異様に盛り上がったものです。

 

 ところが、94年くらいからバンドはやや迷走気味になり(セールスは上がってましたが)、97年の「Falling Into Infinity」では、ラジオでオンエアされていたアルバムからの各曲があまりにもつまらなくて、リリースから2年くらい経って中古で入手するまで、買ってなかったくらいでした。

 

 ところがところが、99年に彼らは再び奇跡を起こしました。「Metropolis Pt.2」のリリースです。最初から最後まで一部の隙なし、構成的にも伏線張りまくりの重層的構造を有するこの作品は、ロック史上のコンセプト・アルバムの歴史を飾る作品となりました。ちょうどこの頃は和光市の司法研修所で私の一生の中でも珍しい寮生活を送っていた時期で、これを聴くたびに寮生活のことを思い出します。

 

 2000年代中盤くらいから、私は洋楽自体に関する興味が低下してしまい、彼らの作品も、リリースされて半年以上経ってからやっと思い出して買う、みたいなことを繰り返していました。しかも、前作「Systematic Chaos」(07)がとてつもなくつまらなかったため、今作も、1年近くもほったらかしていたくらいです。

 

 そんなわけで今作の感想に至るわけですが、それについては、またどこかで。

 

(2010/05/05)

 

香港の想い出

 そういえば、昨年の今頃は、香港に旅行に行っていたんだなあ。というわけで、今日は香港の想い出です。

 

 最初に行ったのが2000年の10月の事務所旅行です。実はこれが緒方の海外デビューだったりします。海外自体が初めてだったので、どこがどうとか感想を持つ以前というか、みんなの後からついていくだけで精一杯だったのですが、グランドハイアットのレストラン「ワン・ハーバーロード」での中華は、行った人の間で後々まで語り継がれるほどの伝説的美味でした。あとはビクトリア山頂からの夜景かな。

 

 で、久々に行った2回目が昨年の5月、奥様との旅行です。すべてフリータイムのコースだったので、どこに行くかも全部自分たちで決めたのですが・・・地図を見てみると、空港の近くに、ロープウェイっぽい表記があり、その上(山頂部)には寺院っぽい表記があります。しかし、それが何であるかという解説は、手元の数冊のガイドブックでも、どこにも載っていません。「何かまずいことがあってあえて載せていないのではないか」などと奥様と協議しつつ、地下鉄で40分かけてその乗り口まで行ってみました。そこにあったのが、ランタオ島の巨大ゴンドラです。

 

 ロープウェイの常識を覆すような、海を越え、山を越え、谷を越えて進むゴンドラ。自分の行く先がはるか遠くに見えるのですが、そこにたどり着いても、方向をスイッチするだけで、ゴールではありません。それが何回か繰り返されたときに、前方の山頂に見えてくるのが、ポーリン寺の天壇大仏です。大仏像が「山の上」に座っているのです。

 

 言葉では多分分からないと思いますので、↑に出てくる言葉で画像検索してみて下さい。私にとっては、ガイドブックに載っていないところでこんな凄い観光地があったという意味も含めて、衝撃的な体験でした。

 

 基本的に、香港は、19世紀くらいになって急発展したところなので、歴史的遺跡とか文化的遺産とかはそんなにありません。どちらかといえば、ショッピングとか飲食とか娯楽を楽しむところです。が、探してみたらこんなところも見つかったということで、二重の意味で旅行の楽しさを満喫したのでした。

 

(2010/05/04)

 

天平行列

 天平行列の1日目は、無事終了いたしました。野崎委員長、おつかれさまでした!ありがとうございました!

 

 これだけの人数の参加者を、間違いなく受け付けた上で、予定していたとおりに歩いていただくこと、その規模、雰囲気、ノウハウといったものを実感することのできる、とても貴重な機会であったと思います。

 

 本番(行列そのもの)自体は1時間強程度であるにもかかわらず、参加者の方々は(説明会やリハも含めれば複数回にもわたって)全国から駆けつけ、また運営側も、目に見えない部分も含めた周到な計画を積み重ねるということ。その尊さと価値、そして何が人々にその行動意欲を起こさせるのかということが理解できれば、JCメンバーとしては成功した参加であったといえます。あなたは、どうでしたか?

 

 9日には2回目があります。今日の反省点をただちに行かせるチャンスです。このような機会があるのは、本当にありがたいことですね。

 

 なお、本日は、並行して奈良ブロック協議会主催の憲法タウンミーティングも橿原で行われており、辻本副会長、桝谷副委員長、當嶋セクレタリーそして松浦常任が、出向者としての担いをしっかりと果たされていたことも、あわせてご報告しておきます。

 

(2010/05/03)

 

天平行列準備

 2010年塾に行って、明日の天平行列の衣装その他の積み込み作業のお手伝いを行いました。

 

 参加人数規模からは当然なのですが、とてつもない大量の衣装です。ただし、ここで大事なのは、すでにこの衣装は、スタッフの皆様の手によって、詳細に特定と分類がなされ、「ただ運ぶだけ」の状態になっていることです。つまり、すでに綿密な準備が積み重ねられているということです。

 

 その後は参加者の着替え会場まで移動し、今度は積み下ろしを行いました。あと、神輿や荷車などの大道具の運び込みも行いました。こういったものは、参加者の目から見たら目に触れるのは一瞬なのかもしれませんが、それに至るまでは数多くの人たちの関わりがあって成り立っています。

 

 参加者に一瞬の感動を与えるために気の遠くなるような準備を重ねる、そこに1つの美しさがあるということを感じます。

 

(2010/05/02)

 

遷都祭初日

 遷都祭初日です。今日は、明後日の天平行列の個人的下見&会場の全体像把握も兼ねて、お散歩モードで奥様とともに会場に伺いました。

 

 家から歩いて、朱雀門経由で会場に入り・・・

 

 白虎→玄武→青龍と各会場を見て回り・・・

 

 そのまま大宮まで戻ってきましたが、まだ4時くらいだったので、ケーキ屋でお茶した後、たいやきが食べたくなって藤屋まで足を伸ばし・・・

 

 白いたいやき(カスタード入り)をぱくつきながら一条通りを歩いて、ついでに事務所に寄って忘れ物を回収し、さらにビブレの啓林堂で本を物色して・・・

 

 最後は悠庵で食事して、もちろん歩いて帰りました。トータル、約7時間。

 

 目的を決めずに行き当たりばったりで歩き回るのは、とても楽しいものです。

 

(2010/05/01)

 

大会スケジュール

 今日の全国大会招致実行委員会では、大会スケジュール案に関する議論がありました。これは、とても大事な議論です。

 

 大会スケジュール案は、たった1枚の資料に、各ファンクションの実施の順番と時間と場所が書かれているだけの資料です。しかし、そのたった1枚の資料で、続けようと思えばいつまでも議論が続けられます。なぜなら、これを見るだけで、そのLOMの大会に関する構想や、知識や、考え方まで、全部分かってしまうからです。

 

 すべてのプログラムの趣旨や、目的や、参加者の範囲や、人数規模が正確に理解されていないと、納得できるスケジュール案を作ることはできません。ちなみに、いざ本番年度に大会の各議案を上程する際も、スケジュール案は、理念とテーマとスローガンの次くらいに審議されます。それくらい重要な資料です。したがって、何度でも繰り返し議論する価値があります。

 

 なぜ、これがここに入っているのか?なぜ、とっている時間がこの時間なのか?なぜ、これの次にこれが来ているのか?ほかのところでは駄目なのか?という検討を何度も積み重ねていくことで、自分たちの大会に対する考えやイメージが整理され、明確になり、心の中に固まっていくのです。

 

(2010/04/30)

 

今日の1本

「歌え!ロレッタ愛のために」 (80年、米) ※若干ネタバレあります。

 

 前にDVDで見ていましたが、BSで放送されていたので再度見ました。

 

 実在の女性カントリー・シンガー、ロレッタ・リンの半生記です。13歳で求婚されて結婚してから(!)、その後、夫の勧めでレコードを吹き込んで売り込み、いつしか大スターになっていくまでが描かれています。

 

 何といっても、主演のシシー・スペイセクの名演が見ものです。特に極端な演技をしているわけではないのですが、1つ1つの発生や動きが、本当にそこで主人公が、つまりシシーではなくロレッタ・リンという人が動いているようにしか見えません。また、吹き替えなしで臨んだ各楽曲の歌唱も見事です。

 

 私はカントリー・ミュージックはまず聴くことはないのですが、この作中では、1つ1つの楽曲もまた魅力的です。それぞれの曲でテーマや劇中での位置づけが明確であるのが良い(ここが他の歌手伝記映画との違いです)。途中で、夫が他の女性に浮気しかけ、そこで速攻で「私の夫に手を出すな!失せろ!」という歌を作ってステージで歌ってしまうところなんか、かなり笑えます。

 

 一番好きなのは、最初にレコードを吹き込んでから、ラジオ局に1つ1つ売り込みにいくあたりの場面です。レコーディングにはまったくの素人であるロレッタを、夫(トミー・リー・ジョーンズ!)が必死に見守り、何とか成功する。そして、2人で車に乗ってラジオ局を回り、頼み込んで(ときには無理矢理)曲をかけてもらう。手に手を取って支え合うこと、足と汗で直に回っていくことの価値が、しっかり描写されています。

 

 エンディングの引き締めまでしっかりまとまった好作品。また、そこかしこで見られる流麗なカメラワークの職人芸にもご注目下さい。

 

(2010/04/29)

 

続・ブロック会員大会

 今日の本会議では、ブロック大会の式典とフォーラムという重要な2議案が可決されました。それに伴い、桜井JCの皆様も多数オブザーブに来られ、また、審議後は、田中理事長による力強いPRスピーチが行われました。

 

 ブロック大会に関する私の考えは、3/16の項でも書いていますので、再度ご参照下さい。そしてまた、ブロック大会は、奈良JCの例会でもあります。その議案は、次の5月6日の理事会で審議予定です。その審議に向けて、田遠委員長には、私から高いハードルを要求してきましたが、それにしっかりと応えていただいた、優れた議案書になっています。

 

 ブロック大会は、奈良JCではなく、奈良ブロック協議会が主催し、(今年は)桜井JCが主管する事業です。それがなぜ奈良JCの例会になっているのか?ということについて、改めて考えてみて下さい。「ブロック大会というものが行われる。だから行こう」というだけでは、「ただ行っただけ」になってしまい、あまり意味はありません(それすら考えないよりはましですが)。大事なことは、ブロック協議会や桜井JCが何をしようとしているのか、桜井というまちには何が存在するのか、その受信のアンテナを立てた状態で行くことです。発信者側がいくら発信をしても、受信する側のアンテナが立っていなければ、そこには何もないのと同じことです。

 

 それから、式典の審議段階では緒方からは1つの意見を申しました。それは、オープニング映像について、いきなりスローガンや理念を呈示するのではなく、それがなぜ必要なのかという背景の問題意識を共有する部分が必要であるということ。そして、後半では、ただ桜井の風景を流すのではなく、そこに存在する運動や市民意識を見せてほしいということ。

 

 つまり、ただ参加するだけではなく、「自分ならこうする」という角度で見続けることも、こういった事業ではとても大事です。

 

(2010/04/28)

 

奈良市総合計画審議会

 理事長としていただいた役職の中に、奈良市総合計画審議会の委員というのがあります。第3次総合計画から年数が経ったことを受け、これから第4次総合計画を作ろうというものです。この計画は、市政のすべての最上位にあるとの位置づけであり、JCでいえば運動指針に匹敵します。周りの構成メンバーも、肩書を見ただけでのけぞるような方ばかりです。

 

 昨日の委員会は、その中でも一番中核になる「基本構想」の部分の議論だったのですが、終盤まで黙って聞いていたものの、どうしても違和感があって、最後の最後に挙手をして、以下のような発言をしました。

 「最初の『課題』のところで人口減少問題だけが詳しく上がっているが、これだと、その次の基本理念以下は、すべて、人口問題を解決するためだけのものになってしまう。また、3つの『基本理念』とその後に出てくる『基本方向』がどのようにつながるのかも分からない。さらに、施策の大綱のところに基本方向がそのまま記載されているが、基本方向と施策は全然違うはず。そして、基本構想の目的は市の将来像を示すことと書いてあるのだから、『都市の将来像』のところは、この総合計画全体の中核となるべきものなのであり、一字一句にその言葉をなぜ使っているのかについて説明するくらいの説明が必要と考える。」

 

 そうすると、それが会議の結論のような感じになり、次回までに小委員会でそのあたりの整理を行うことになりました。

 

 いうまでもなく、こういった議論の立て方は、普段JCの理事会や委員会でやっていることそのものです。つまり、何が言いたいかというと、私たちは普段、そのまま外のどこに出しても出せるほどの水準の議論を行っている、ということです。自信を持ってよいところだと思います。

 

(2010/04/27)

 

ヘターズ開幕戦

 ヘターズの開幕戦にお邪魔しました。皆様おつかれさまです!

 

 緒方はベンチから少し観戦をしただけですが、1つの球を無心に追っていくメンバーの姿は、とても輝かしく、また格好良いものでした。泉井副理事長が基本方針で野球にこだわられていた理由が分かりました。

 

 フィールドに出たら誰でも一緒。自然にお互いが応援をし、声をかけ合う。そんな当たり前のことが当たり前に行われている、大事な空間です。野球をしない人でも、応援に行ってあげて下さいね。

 

(2010/04/26)

 

全国大会の宿泊について

 名古屋での全運全体会議を日帰りでオブザーブしてきました。今日の論点は、宿泊計画についてです。

 

 全国大会に限らず、コンベンション時の宿泊料金は、通常時より割高になります。これは、需要と供給のバランスを考えれば経済法則から当然のことなのですが、実は理由はそれだけではありません。そんなような状態を招いたのは、私たちJC自身の責任でもあるのです。

 

 大会登録デスクを通じて宿泊の申し込みをする。一定の時期が来ると、主催者側は確保していた宿(で、申込のなかった分)をリリースする。その分は、ホテル側から、ネットその他で一般にリリースされる(そっちの方が割安であることが多い)。すると、デスクを通じて申し込んだLOMの引率担当者も、事前申込分を(キャンセル料発生時期ぎりぎりに)何十室単位でキャンセルしてそっちに乗り換える。キャンセルされた側としてはたまったものではないわけです。そこから募集したって、短期間に満室になることは少ないからです。そうすると、ホテル側としては、リスク回避あるいは損失カットのために、正規料金をさらに割高にせざるをえないわけです。

 

 今日出ていた話でいうと、式典・卒業式でののぼりとか横断幕もそうですね。のぼりは数年前から持込が禁止されているにもかかわらず、今でも持ち込もうとするLOMがあります。自分たちのことばかり考えるあまり、ほかの人の迷惑が考えられない例です。もっとも、「無法地帯・無秩序地帯」だった昔の式典や卒業式からすると、毎年の考案と改良により、少しずつではありますが良くなってきていますね。

 

 06全運および郡山JCが、「式典のチケット着席制」を考案したときは、誰もがそんなことはできないと思っていましたが、その年に周到な計画の下に成功し、今では当たり前になっています。

 

 大きな目で見ると、大会に参加をするということは、自分のとった何かの行為がどこかで誰かに迷惑をかけていないかということを自分に問い直す機会であり、逆に運営をするということは、そういった構造がさまざまな場面でよく見える機会でもあるわけです。そして、そういったことに対しては何が効果的で、どういった対策をとることができるのか、ということを考える機会でもあります。

 

(2010/04/25)

 

4月例会「なら結び~世代を超えた繋がりを~」

 4月第一例会「なら結び~世代を超えた繋がりを~」は、皆様のご協力により、無事終了いたしました。倍巌委員長、おつかれさまでした!ありがとうございました!

 

 年少者は高齢者から学び、高齢者も臆せずに年少者に心を開き、世代間の壁を超えて互いに敬意と信頼を持つこと、これが緒方が考える地域コミュニティの理想の姿です。

 

 今日の例会は、まさしく、子供から高齢者に至るまで、いろいろな世代の方々が1つの空間を共有して、相互に学び合う場面となりました。イメージどおりの事業でした。

 

 そして、大事なことは、ここから先にどのように展開するかということです。1日で何かが完成するわけではない。それを足がかりにして、その上のステップに自分たちを持ち上げてこそ、今日の意味があります。常に現状に満足することなく、考え、実践し続けていきましょう!

 

 また、数々のJC以外の個人・団体の皆様にも多大なご協力をいただきました。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます。

 

(2010/04/24)

 

コンタクト

 とある理由があって、生まれて初めてコンタクトというものをしに行きました。

 

 まあ、普通に視力検査をして、コンタクトを渡されてはいおしまい、みたいな感じを想像していたら大間違いで、検査をするところまでは合ってましたが、その後すぐにサンプルを目に入れられるのです!

 

 看護師さん(でいいのかな)が指で目を押さえて、入れてくれるのですが、反射的にぎゅっと目を閉じてしまい、「目は開けておいて下さーい」「ちゃんと下の方を向いてくださーい」などと連呼されながら、10回以上もやり直す羽目になりました。私にとっては、運転免許の教習所で、半クラッチ発車がいつまで経ってもできなかったとき以来の屈辱的体験でした。

 

 しかもその後は、「自分での着脱の練習」なんてプログラムもあったりするわけです。

 何ということでしょう。

 司法試験の口述試験よりも、初めて代理人として法廷に行った日よりも、こっちの方が緊張しました。事前の準備も心の準備も何もしていないわけですから。

 

 というわけで、無事に終了して、ストックを購入して帰ったわけですが、次からははたして1人でできるのでしょうか。これを毎日行っている人も世の中にはいるわけで、心底尊敬してしまいます。

 

(2010/04/23)

 

桜井JC公開例会

 桜井JCの公開例会にお邪魔してきました。「もっとコミュニケーション!!」というタイトルであり、株式会社じんざい社柘植智幸氏が講師でした。

 

 コミュニケーションを正しく行うためには、自分の個性や傾向を正しく把握する、あるいは経営者であれば従業員の特性を正しく把握することが必要である、という意識に基づき、本日の例会では、参加者全員が分析シートを記入して自分の特性を分析しました。

 

 で、この分析ですが、各個人の内実が如実に抽出されることはもちろん、そこから誰がどういうタイプなのかも分かり、誰と誰がうまくいくかいかないかということも分かり、誰に対してはどのような使い方をすると熱心に働けるかということも分かるのだそうです。

 

 実際に、参加者の中でも、「このタイプは上司になると部下からうざがられる。部下になっても使いにくい。でも、何かあっても次の日には忘れて猪突猛進する」とか、「このタイプは一見好感度があるが、腹の中では別のことを考えている。優しさはあるが、その優しさが何に基づいているかは分からない」など、次々に指摘されており、みんな唸っていました。

 

 というわけで、人と人との関係は無限のパターンがあり、何気なく見える行動でも、それは双方の無意識下の深い性格傾向に基づいているものであることが、よく分かった例会でした。

 

 なお、後で考えたのですが、企業の場合は「うまくいくと分かっている関係をくっつける」が基本なのですが、JCの場合は、あえて、タイプ的に異なる人を組織上近接させることもよくあります。これは、意図的にそうしているのです。その意味は分かりますよね。

 

(2010/04/22)

 

司法問題

 実は緒方は、奈良弁護士会で、司法問題委員会委員長というものをしています。本日は年度替わり後の第1回の委員会でした。

 

 現在、この委員会では、奈良県における地域司法計画(JCでいえば運動指針+アクションプラン)を策定しようとしているのですが、本日の議論の焦点は、支部問題、特に葛城支部問題についてです。

 

 奈良県は裁判所の数が少ないところで、地裁・家裁の支部でいえば、葛城支部と五條支部しかありません。で、このうち、葛城支部の管轄はどこからどこまでかというと、大和高田市・橿原市・御所市・香芝市・葛城市・宇陀市・北葛城郡・高市郡・磯城郡・宇陀郡・東吉野村です。これだけのエリアのぜーんぶの事件を、裁判官が5人(+簡裁判事が1人)だけでやっています。全部の事件ということは、地裁の民事と刑事の訴訟事件だけではもちろんありません。破産も、民事再生も、保全も、執行も、家事調停も、家事審判も、少年事件も、令状手続も、簡裁の民事・刑事・調停も、ぜーんぶ一切合切をこの人たちでやらないといけないのです。

 

 葛城は大阪のベッドタウンとしても発達しており、北和エリア以上の人口急増地域であるのに、これでは対応できないことは明らかです。例えば、労働審判法上の労働審判という手続がありますが、葛城支部ではこれを行っていません。したがって、労働審判を申し立てようとすると、奈良県民は全員、奈良市の本庁まで来ないといけません。また、一般の裁判所では、難解な事件(医療過誤訴訟とか建築紛争とか先物取引紛争とか)では、合議体を組んで、つまり裁判官3人体制で臨んだりするわけですが、葛城支部では民事の合議体制がありません。どんな難解な事件でも、裁判官1人で行わないといけません。

 

 そこで、これをどう解決するかを議論しているのですが、その続きはまたいずれ。ただし、一番の問題点は、そのような実態が奈良県民にほとんど知られていないということです。

 

(2010/04/21)

 

招致理念

 全国大会誘致に関する招致理念部会に出席しました。お集まりいただいた皆様、ありがとうございます。

 

 招致理念とは、いうまでもなく、大会のすべての根幹をなすものです。そして、大会の主管が地域におけるJC運動の一環としてなされる以上は、それは同時に、地域のこれからの方向性やあるべき姿をも表している必要があります。さらに、対象として全国のJCメンバーを想定する以上は、それは同時に、日本全体を変革していけるほどの普遍性と通有性を備えている必要があります。

 

 その上で、招致理念とは、誘致年度のみならず、大会の開催に至るまで、さらにその先まで、LOMの大きな指標として残っていくべきものです。主管決定後に開催理念を作成することになっても、それとは別のLOM独自のものとして残っていくのです。

 

 そのようなことを考えていると、最近特に思っているのは、招致理念といえども、どこか別方向から出てくるものではなく、あくまでもLOMの日常の運動と密接な関連を有するものであるということを、より明確にすべきではないかということです。

 

 招致理念とはこのようにとても大事なものです。また、大会そのものを考えるだけではなく、JCとは何か、この地域はどういう地域なのかという運動の根源を考える機会でもあります。最後の最後まで、いろんな人たちの間で意見を交換していきましょう。

 よろしくお願いいたします。

 

(2010/04/20)

 

じゃがいもクラブ西日本地区大会

 今日はついにじゃがいもの本番です。1年前に話をお聞きし、また準備委員会メンバーにも昨年の段階から準備を進めていただいて、ついにこの日がやってきました。

 

 気候は快晴で、暑くもなく寒くもなく、風もほぼないという絶好のコンディションです。

 

 表彰式の開始が約20分遅れるという事態があったものの、進行のコントロールによって、予定どおり遅れることなく閉会を迎えることができました。

 

 また、皆様にしっかりと最後までゴルフをお楽しみいただけたこと、そして怪我人も出なかったことが、何よりの成果です。

 

 全国各地からご参加いただいた皆様、膨大な準備を的確に捌いていただいた清水実行委員長、そして全面的にご協力いただきました奈良柳生カントリークラブの皆様に、改めて感謝申し上げたいと思います。

 ありがとうございました!

 

(2010/04/19)

 

じゃがいも役員会・前夜祭

 奈良ロイヤルホテルにおいて、じゃがいもクラブ西日本地区大会に伴う役員会・前夜祭が行われました。

 

 これまで役員会は数回オブザーブしたことがありますが、その役員会が、我々がいつも当たり前に慣れ親しんでいる奈良ロイヤルで開催されているのは、とても不思議な気分であり、また誇らしく感じました。

 

 何よりも感激したのは、西会長、西田キャプテンはもちろん、歴代理事長をはじめとするたくさんの特別会員の方々が、応援にかけつけていただいたことです。

 

 途中、奈良JCの全国会員大会誘致運動のPRの場面もいただきましたが、ここでは、その場にいた正会員と特別会員の全員が登壇しました(西灘ブロック会長にもご一緒に登壇いただきました!)。期せずして、多数の特別会員の皆様をバックにスピーチをすることになったわけで、このようなシチュエーションは案外存在しないので、とても緊張しました。

 

 最後、一部の方々には、3次会までお残り(というかご設営)いただきました。本当に頭が下がります。現役の皆は、そこまでして下さっている方々がいるということを覚えておくこと。

 

(2010/04/18)

 

国際アカデミー

 今日の日本JCの理事会では、国際アカデミーの事業計画の件が審議されていました。また、それに伴って、開催地LOMであるつくばJCの皆様が多数オブザーブに来られていました。

 ちなみに、奈良JCでは、2001年以降、毎年必ず国際アカデミーの参加者を輩出しています。ということは知ってたかな?

 

 緒方は、国際アカデミーに参加したことはありません。が、開会式や卒業式を見に行ったことはあります。1つ言えることは、参加者層からしたら当然のことなのですが、世界各国からの参加者がおり、その光景は壮観の一言に尽きます。JCが世界組織であることを、一目瞭然で理解できる瞬間です。国内にいながらにして、万国との交流が、現実に、自分の体験としてできるのです。

 

 そして、大事なことは、このような宿泊を伴う研修プログラムは、普段の研修では絶対に体験できない効果があるということです。緒方の場合は、2007年に、OMOIYARI運動ファシリテーター養成セミナーというものを実は受けています。初めて会った人といきなり同じ班になって、それが、研修が終わるときには一気に強いつながりができあがってしまいます。また、この種のときにはよくあることなのですが、夜遅くに研修が終了して、これで休めるかと思いきや、「それでは、これからいう課題について、明日の朝7時から発表していただきますので、準備をして下さい」なんてこともあります。しかし、そういったある種の極限状況のときには、自分の中から思いもかけない発想や視点が出てきたりするので、自分が一番驚きます。

 

 宿泊を伴う研修プログラムというのは、実施される機会自体があまりありません。1つの機会を逃すと、次はいつあるのか分からないともいえます。皆さんも、在籍している間に少なくとも一度は、こういったプログラムに参加して下さいね。

 

(2010/04/17)

 

今日の一冊

柴田翔「贈る言葉」(新潮文庫)

 

 京都駅で近鉄から新幹線に乗り換えるときには、いつも改札を入って左の書籍コーナーで、移動中に読む本を探します。何も買わないときの方が多いのですが、今日はこの本を見つけてしまいました。

 

 「されどわれらが日々」という名作があって、これは、中高生時代に学校の先生から薦められた中のトップ3の1冊なのです。その作者の柴田翔の第2作目がこれ。経歴から計算すると、この本が出版された66年当時には、作者は31歳だったということになります。「されど~」についてとか、あとの2冊は何なんだとかいうのは、またいずれ。

 

 中編の「十年の後」と、やや短めの「贈る言葉」の2作収録です。「十年の後」は、見合い結婚を控えた主人公が、昔の彼女との間でああだこうだああだこうだと逡巡して躊躇して呻吟する内容です。というより、結婚相手とか、昔の彼女とか、友人とか、おおむね5名の行動経過も含めて描かれるのですが、みんな揃ってそんな感じです。しかし、共通して感じられるのは、そうやって悩んでいる人たちを決して突き放さない、作者の底の暖かいまなざしです。

 

 「贈る言葉」も素材としては似たような感じで、昔別れた彼女とのことを回想していく内容なのですが、こっちは主人公の一人称視点なので、ああだこうだ度がさらに増しています。しかし、これは両作品に共通なのですが、心理描写や筆致がとても丁寧で、一文一文が、しんしんと積もっていく夜の雪のような不思議な重みを持っています。

 

 また、小池真理子の解説文も秀逸であり、作品の理解を深めてくれます。解説文というのはすべからくこうあってほしいものです。

 

(2010/04/16)

 

会員拡大(比較編)

 JCとボーイスカウトは似ています。緒方は、10代の頃にボーイスカウトに入っていました(精神的には今もスカウトです。「ひとたびスカウトに 誓いを立てて成りし身は 死ぬときまでスカウトだ」(『永遠のスカウト』)と歌ってしまったから)。奉仕の精神を目的に掲げている、学校の枠を超えて地域全体で活動している、全国組織である(どころか、世界組織でもある)、共通の行動規範がある(スカウトの場合は「ちかいとおきて」)、同じバッジその他の物をつけている、一定年齢が来ると団体からは卒業となる、など、共通点はたくさんあります。

 

 そして、緒方が入っていた団は、最初は班が4班組めて、班だけでも活動ができるほど人数がいたのに、中学を卒業する頃には、1班組めるか組めないかというくらいの人数になってしまっていました。

 

 やめていく人もたくさんいました。その理由は、ほとんどが、「塾に行かないといけない」「部活が忙しい」というものでした。 

 「仕事が忙しいから」という理由で、JCに入ってこない人と、似ていますね。

 

 私たちは、四六時中勉強にかかりきりである子供を見たり、学校と塾だけを往復している子供を見たりすると、「そんなことでは、心の豊かな大人になれないよ。勉強以外にもいろんな経験をしておいた方が、後で役に立つよ。」と思ったり言ったりはしないでしょうか。

 

 振り返って、大人である自分たちが、そこで口にしていることを自ら実践できているでしょうか、ということです。会員拡大を行っていくということは、ただ単にその人と自分たちの団体との関係を作るということだけではなく、仕事以外のこと(この場合はJC)も行える大人が増えていくことで、それが同時に社会全体の意識を変えていくことにもなる、ということなのです。

 

(2010/04/15)

 

会員拡大(体験編)

 緒方が会員拡大の委員長であったときのことです。ある頃までさっぱりうまくいかず、それでもまだ緒方の中ではそんなに危機感はなかったのですが、夏頃に、いろんな人たちが心配して声をかけてくれました。ちなみに、理事会で、私の報告上程に対して「そんなことでいいと思っているのですか!」と一喝していただいたのが、当時招致会議議長であった泉井秀之君であり、何度も電話をかけてきてくれたのが、出向理事であった清岡正彰君です。

 

 たまたま、9月の理事会の日程が変更になり、それならば元の日は委員長はみんな空いているだろうということで、委員長会議を行いました。会議をすることは決まりましたが、そこで何を協議するのかについては、開会に至るまで、自分でも決められない(分からないまま)でした。今に至るまで、緒方が開いた会議の中で、何を協議するのかさえも決まらず(決められず)に臨んだのは、このときだけです。

 

 結果、ごく単純に「入会者を増やすにはどうしたらいいのか」を議論することとなり、その結果、これまたごく単純に「今月か来月の例会に、委員長と理事が一人ずつ連れてくる」という結論になりました。字面にしてみれば、ごく単純なことです。しかし、ここで大事なことは、この結論は、緒方が当初予想していた結論でもなければ、緒方から言い出したり、提案したりしたものでもなかったということです。つまり、出席した委員長や理事のメンバーが、自分から言い出したものであったのです。

 

 実際に、委員長や理事のメンバーはそれにしたがって自ら行動してくれて、その結果、半期での実績はそれまでの記録を更新するほどのものになりました。

 

 ここでとても示唆的なことは、会員拡大の手法はごくごく単純で当たり前のものであり、ただ、それに対して自ら行動するか、しないか、その意志を持つか、持たないか、ということだけがその後の道を分ける、ということです。

 

 ちなみに、昨日書いた「会員拡大に王道なし」の一言を、この会議で発言したのは、当時委員長であった高木信一先輩です。これは今でも緒方の信条の1つになっていますし、所信の末尾の部分は、この一言の影響を受けています。

 

(2010/04/14)

 

会員拡大(応用編)

 「そうはいっても、実際にどうやったらできるんですか?」という疑問が頭をよぎっていることでしょう。そこで、緒方が考える会員拡大のポイントを書いていきます。

 

1 自分自身が人間として信頼されているか

 誘われた人にとっては、手がかりは、目の前の人(=紹介者)しかありません。したがって、「その人を信頼できるかどうか」しか、判断の基準はないのです。説明の上手下手とか、JCでのキャリアや役職などはまったく関係ありません。自分が物を買うときでも、すべてのパンフや資料や数値をすみずみまで見た結果で買うでしょうか。それよりも、この店だったら安心であるとか、この担当者だったら間違いはないとか、この人の言うことは聞いてあげたいとか、そういったことで決まる方が圧倒的に多いのではないでしょうか。それと同じことです。

 

2 主語はあくまでも自分

 したがって、その人と話をするときも、「JCはこうです」「JCは何をしています」と、主語がJCであっては意味がありません。客観的な状態としての説明は必要であるとしても、それを動力として決意をする人はいません。同じようでも、「自分はこういう経験をしました」「自分はそれによってこうなりました」と、主語が自分である方が、はるかに説得力があり、言葉に魂があります。

 

3 確信と粘り

 文字起こしをしたら同じ文面であっても、棒読みであるのか、そこに情熱があるのかによって、生み出す結果はまったく違ってきます。言葉に魂があるかないかの分岐点は、自分自身がそこで言っていることに対して確信を持っているかいないかということです。これはすなわち、会員拡大には、その人の運動の姿や生き様までがすべて表れるということでもあります。そして、確信を持った結果は、すぐにそれが伝わらなかったとしても、簡単に諦めないという粘りとなって表れてきます。

 

4 会員拡大に王道なし

 以上のことはとても当たり前のことのように見えますが、そのとおりで、会員拡大には王道はありません。「こういう説明をしたらすぐ賛同してくれるよ」というような奇跡的な手法はありません。逆に言えば、目の前の人と地道に話をしていくことこそが、何よりの王道です。

 

 さらに続きます。

 

(2010/04/13)

 

会員拡大(理念編)

 これまでの自分の文章を読み返していて、ふと、大変なことに気づいてしまいました。それは、会員拡大に関して述べたところがこれまでまったくなかったということです。これは、とんでもないことです。なぜならば、会員拡大こそは、ほかのすべての事業計画や職務分掌に優先して、全員が今すぐ行わなければならないことであるからです。

 

 というわけで、今日からは、数日にわたって会員拡大についてです。

 

 私たちがやろうとしていることは、あるべき社会の姿を描き、それを人々に伝え、意識を変革していくことです。それには、運動の理念や目的を発信し、それについて賛同をいただかなければなりません。賛同をいただいた人たちに、次に何をしてもらうことが必要か?それは、まず、私たちの仲間に加わっていただき、共に同じ目標に向かって進んでいただくことです。それがすなわち会員拡大です。

 

 したがって、会員拡大とは、まさにもっとも端的な形で表されるJC運動であり、JC運動の中核であり基本であるともいえます。JCは会員拡大に始まり会員拡大に終わる、といっても過言ではありません。ある人がどれだけJC運動に取り組んでいるかを見る指標として、その人がそれまで拡大した実績を見ることもできる、といってもいいくらいです。

 

 会員拡大をするためには、何も準備はいりません。資料もいりません。会議もいりません。今すぐできます。今日からできます。電話をしてアポを取れる能力(これは社会人なら誰でもあるはず)と、自分がJCで何をしているのかを説明できる能力(これはメンバーなら誰でもあるはず)があれば、誰でもできます。つまり、メンバーなら誰でも今すぐできる、ということです。

 

 逆に、会員拡大をしなかったらどうなるか?人数が減るとか活動の規模が減るとか、実務的な問題もありますが、何よりも大事なのは、運動の理念が地域に拡がらないという、会の存立目的に反する事態が起こってしまう、ということなのです。

 

 というわけで、次に続きます。

 

(2010/04/12)

 

行列リハーサル

 5月3日&9日の天平行列の事前練習が行われました。今日ですでに4回目になるんだよね。野崎委員長、本当におつかれさまです。こういった事前の実地訓練は、必ず本番で有効に開花します。無駄になることは絶対にありません。

 

 どうしてこんなに回を重ねて事前練習ができるのかというと、それは、委員会が「やらなければいけないこと」を明確に認識して、それに向けて意識が高まった状態にあるからです。つまり、脳の多くの部分が活性化した状態にあるのです。そうなると、人は、普段はできないことでもできるようになってきます。逆に言うと、何も意識しなければ、行動能力の多くは寝たままなのです。

 

 他の委員会の皆様はどうでしょうか?担当委員会について行ってますか?本番に向けて、意識の照準が定まっていますか?

 

 それから、本日も、(リハ自体は降雨予報のため中止のアナウンスをしたにもかかわらず)100名を超える参加者の皆様が、現場確認に参加されました。本番ではこの15倍近くの数になるわけです。その方たちに笑顔で帰っていただけるか、がっかりして失望して帰られることになるかは、まさに私たち次第です。そして、この責任を単なる重みと感じるか、誇りに感じるかというところが、まさに分岐点になるわけです。

 

 1300年前の天平文化を体験するということに、これだけのニーズがあるということ。それは、地域が求める方向性を強く示唆していると同時に、私たちが持つべき敬意と信頼の対象が何であるのか、観光意識の根本はどこにあるのかという可能性をも示しています。

 

(2010/04/11)

 

会員拡大懇親会

 本日の懇親会は、とても楽しかったです。林委員長ごくろうさまでした!ありがとうございました!

 

 理事長挨拶でも申しましたが、JCのすべての運動・活動の根幹には、常に懇親があると考えています。事務的な行動、責任感だけの行動では、決して運動は成り立ちません。その辺のことは所信にも明記しています。どこのことか分かるかな?

 

 というわけで、こういう「100%懇親」の場面も、常に必要であるということです。

 他の委員長も負けずに考えてみよう!

 

 ちなみに、いつもは、ボウリングをすると、翌日は右腕に違和感が来るのですが、今回は、まず両足の膝上に違和感が来たのが、若干年齢を感じてショックではありました・・・。

 

(2010/04/10)

 

地区役員会

 毎月お邪魔している地区役員会ですが、本日は乙訓での開催でした。

 

 前に予告(?)していたとおり、今回は、天理JC支援のため、奈良ブロック内の理事長のみんなでオブザーブに伺いました。その中で、石西理事長から力強いPRがなされ、大きな拍手をいただきました。この後は、現地調査を挟んで、6月の役員会で審議となります。

 

 この地区大会主管LOMの件が審議されれば、2012年の開催となります。このタイミングで天理で開催されることにも、もちろん意味がありますし、石西理事長もその点はすでに明確に意識をされています。11年、12年、13年がどういう年になっていくのか、私たち自身でもその点をイメージしていく必要があります。

 

 それから、GTSの件(6月開催予定)では、上程の仕方や審議のとり方についてとても勉強になる場面がありました。私は正解の上程手順が分かりましたが(おそらくそれが正解だと思っていますが)、それについて話した人との間では、意外に見解や感覚の相違がありました。こういったところも、他の会議に参加して面白いところの1つです。

 

 夜は石西理事長のご設営で、期せずして臨時理事長会となりました。ありがとうございました!

 

(2010/04/09)

 

友好LOM交流会

 大阪JC様の主催により、友好LOMの交流会が行われました。今回の対象は、大阪JCをスポンサーLOMとするLOMの交流会で、リーガロイヤル(世界会議HQ)に集合後、バスに乗り込み、大阪城ホール(同開会式会場)や京セラドーム(同GALA会場)を一瞥した後、USJ(同グローバルビレッジパーティー会場)内の一室でパーティー、そして夜はミナミで懇親会でした。全部で10LOM以上参加していました。

 

 パーティーでは各理事長からの挨拶の場面もあったので、今日はそのとき緒方が話した内容を書きます。

 

「世界会議大阪大会のスローガンは、『Respect All』です。当会議所の今年のスローガンは、このネームプレートにもありますが、『敬意と信頼』です。この2つには、重なるべき部分が多くあります。しかしそれは、偶然ではなく、必然であると考えています。今、最も日本に足りないもの、世界に足りないものが、ここに表されているわけです。

 この志高き大会に続いて、私たちは、日本JCの全国会員大会の主管を目指しています。JCと他の団体の一番大きな違いは、JCは、地域で行っている小さな運動が、ブロック協議会、地区協議会、NOM、エリア、JCIを通じて、世界にまで拡がる可能性を秘めているという点です。それぞれの大会が運動の理念を大きく拡げるものとなることを強く祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。」

 

(2010/04/08)

 

今日の1本

「個人教授」(68年、仏)

 

 長いことDVDが廃盤になっていたのですが、めでたく再発されたので買いました。スペシャルコレクターズセットと通常盤の2種類があって、通常盤でもいいかとか思っていたのですが、「コレクターズ版にはサウンドトラックのCD付!しかも世界初CD化!」などというキャッチを見てしまうと、ついそっちを買ってしまったわけです。

 

 「ある愛の詩」や「おもいでの夏」と並ぶ、ラブロマンスの基本型です。いろんな映画の源流がここにあります。この間まで子供だった青年が、年上の大人の女性と恋に落ちて、その後どうなるか・・・というお話です。

 

 年代が年代なだけに、その演出や展開も、基本的に単純一直線です。例えば、スキー場でたまたま主人公家族と相手の女性が遭遇するのですが、その夜、主人公は、着ぐるみをかぶって女性の部屋に夜這い(!)に行きます。こんな恥ずかしいことは、今の映画ではやらないでしょうし、そもそもそんな行動をとる人もいないんでしょうが、こういった純ストレートな行動が当たり前に成立しているところに、作品としての懐の深さや、一筋の純粋な想いといったものを感じます。

 

 ラスト前で、女性の愛人男性と主人公がやりとりをするところがあるのですが、その辺前後からラストまでの流れも、今改めて見直してみると、主人公の心理を繊細に大切に取り扱っている制作者の一途なスタンスが感じ取れます。

 

 単純なものほど、その初期衝動は大きなインパクトを発生させうるということがよく分かる作品です。

 

(2010/04/07)

 

平城宮跡

 月山副委員長と一緒に、平城宮跡にまほらの撮影に行きました。ご手配いただき、ありがとうございました。

 

 短い時間ではありましたが、快晴で気温も心地よく、桜もまだ残っていて、期せずして格好のお散歩モードとなりました。

 

 前はただの野原に近かったところに、着々と大極殿が完成しています。近くまで行ってきちんと見てみると、その壮大さ、荘厳さに圧倒されます。

 

 すでに言われていたことではありますが、改めて、私たちにとっての平城宮跡の意義を確認しましょう。第1に、そこは、1300年前に初めて統一的国家の形が完成した、国づくりの意志の原点であること。第2に、その後そこは長年にわたって忘れ去られ埋もれていたのですが、名もなき市民たちの手によって復元と再興の運動が行われ、今の形になったということです。

 

 遷都祭をはじめ、いろいろな場面で私たちはこの場所に関わることを許されていますが、何をするのか、ということ以上に大事なことは、何を伝えるのかということなのです。

 

(2010/04/06)

 

鬼追式

 薬師寺鬼追式の運営お手伝いにお越しいただきました皆様、ありがとうございました。 本年は、例年以上にたくさんのメンバーにお越しいただきました。

 

 毎年そうなのですが、正面の金堂の扉が開いて、練行衆の皆様が一斉に登場され、法螺貝や鐘や太鼓が力強く鳴り響き始める一瞬は、鳥肌が立つほどぞくぞくします。それと同時に、そのような儀式の中に運営者として関わらせていただけることに、感謝の念を抱きます。

 

 ところで、鬼追式は、鬼を鎮める儀式であって、鬼が暴れる儀式ではありません。薬師如来のお力を受けた毘沙門天が、暴れる鬼を鎮めて平和を取り戻す儀式なのです。そして、私は、ここで淘汰される鬼たちは、私たちの心の中に巣食っている悪心を象徴していると理解しています。

 

 誰でも、心の中には一匹の鬼が宿っています。それは、油断していると、勝手な行動を起こし、結果として、誰かに迷惑をかけたり、周りの平穏を害したりします。自分自身でその鬼を駆除することは不可能ですが、自分の意志の力で、それを抑えきることは可能です。

 

 皆さんの心の中の鬼は何ですか?

 

(2010/04/05)

 

エッシャー展

 県立美術館でエッシャー展が行われていたので、行ってきました。私は美術関係は完全にど素人で、特に人の名前に着目して美術館や博物館に行くことはほとんどないのですが、この人だけは別です。次元を超越するかのようなトリッキーな作品で知られている人です。

 

 展示作品では、一番見たかった「物見の塔」はもちろん、「滝」「上と下」「凸凹」などの代表作も見られて大満足です。「凸凹」なんて、下の方に描かれている2匹のトカゲは、どうみても同じように階段に貼りついているのに、右と左ではその貼りつき方が違う(ことになってしまう)のです。「静物と通り」というようなあっと驚く作品を初期の頃から作っていたということも、初めて知りました。

 

 次元を軽々と超越する発想の柔軟さ、無限の世界を1つの平面に集約していく思考の枠の広さ、不可能を可能に帰結させていく豪腕ぶり、この人の作品を見ていると、いつもそんなことを考えます。

 

(2010/04/04)

 

石上神宮

 桜が今日満開なのはどこかと新聞で調べたら、石上神宮公園と書かれていたので、同じく桜大好きな奥様と連れ立って、行ってきました。実はここに行くのは初めてです。ちなみに、日本書紀の記述に依拠すれば、石上神宮は、伊勢神宮と並んで日本最古の神社でもあります。

 

 せっかくなので(?)、時間を調べて、JR奈良駅から万葉まほろば線で天理駅へ。15分くらいで着いてしまいます。時間さえ合えば、とても便利な路線です。そこから目的地までは、歩いて30分くらいかかりました。

 

 道中にはもちろん、天理教の特徴的な各建物があります。ところで、周知のとおり、天理の街中には、「ようこそ おかえりなさい」という表記が各所に見られます。まちをあげてこのような意識があるというのは、単に宗教施設がそこにあるからというだけではないはずで、その奥底にあるのが何なのか、興味が尽きないところです。

 

 目的地である石上神宮は、山のふもとの静謐な空気の中にひっそりと佇んでおり、まさしく街中の人々の生活を見守る趣の神社でした。

 

 途中、いそにし呉服店の前を通りかかったら、天理JCの石西理事長にもお会いできました。とても可愛いお子様もご一緒でした。お父様に似て良かったね。

 

(2010/04/03)

 

全国大会招致実行委員会

 全国大会招致実行委員会にオブザーブをさせていただきました。泉井実行委員長、本当におつかれさまです。また、委員会メンバーの皆様、ありがとうございます。

 

 過去、3回立候補をしたことから、LOM内にはさまざまな財産が蓄積されているということを、いろいろな場面で申し上げました。それ自体は、今でももちろん変わりません。ただし、それだけでは、何も生み出されることはありません。大事なことは、それを生かしていこうという私たちの「意志」です。財産があるというのは客観的な状況にすぎず、それに手を突っ込んで加えていくクリエイティブな作業があって初めて、その財産は意味をなしていくのです。

 

 それと、この段階で一番怖いのは、自分たち自身に対する油断です。過去できたことは、今回もできるだろうなどと思っていては、できることもできなくなってしまいます。活用すべきことと一から考えるべきことを見極め、整理し、行わなければならないことを端的に、正確に見いだしていくこと、それが必要なのです。

 

 私たちは、過去から未来への大きな運動の流れの大事な一場面にいます。単年度制の限界を乗り越え、1つの志を受け継ぎ、それを次に残していけるか、という新たな課題が試されていること、それは試練でもあり、同時に喜びでもあります。

 

(2010/04/02)

 

議案

 本日の理事会では、皆様おつかれさまでした。

 また、思わぬサプライズ、ありがとうございました。

 

 一点、理事長挨拶で言い忘れたことがあるので、補足です。

 

 議案について、最後に上程に臨むときは、次のことを自分に確認して下さい。

 

・あなたは、常にあきらめることなく、妥協することなく、議案を作りましたか?

・あなたは、この事業で世の中が変わると信じ、支えられている委員会メンバー、LOMメンバー、家族、同僚、回りの人たちに約束し、自信を持って断言できますか?

 

(2010/04/01)

 

年度末

 年度末と年度始めで、皆様はお忙しい頃でしょうか。実は、弁護士業界は、3月末と4月の始めは、意外に時間的余裕があるのです。それはなぜかというと、裁判所で裁判官の異動が発生し、それに伴って法廷も一時的に停まることが多いからです。といっても、それによって何かが解決するわけではなく、単に先延ばしになっているだけなので、4月末から5月にかけて、そのしわ寄せが来ることになります。ということは、今のうちに、やれることはどんどん進めておかなければならないということです。

 

 子供が夏休みの宿題を溜めていると、大人は、「早くからやっておけばよかったのに」「何でぎりぎりになってからやり始めるんだ」と注意します。それでは、大人自身が、まとまった一定の時間を与えられたときに、気を抜いたりすることなく、それを貴重なものとして有効に活用できるのかどうか。昔、自分が夏休みにできなかったことを、今になってできるのかどうか。毎年、この時期にはそんなことを考えます。

 

(2010/03/31)

 

 

「獅子座」続き

 3月26日のところで書いた「獅子座」ですが、結局、創元文庫版も買ってしまいました。ぱらぱら見ていると、単行本発刊当時の藤雪夫本人のあとがきが追加されていたのと、今回新たに山前讓の解説が追加されていたからです。あと、手元の講談社文庫版はすでにかなり経年しており、ページをめくるだけで紙が破れそうになっていたというのもあります。

 

 改めて読んでみると、この展開はかなり斬新です。最初の方は、普通の警察の捜査と見せかけておいて、そこで意味ありげに出てくる登場人物が、あっさり(作者に)見切られて、その後は全然出てこなかったりします。そうしているうちに、主人公は途中で本当に必要な人物にめぐり会うことになります。また、事件のキーパーソンとなるべき人物であるにも関わらず、まったく文中に登場しない人もいます(!)。

 

 それから、講談社文庫版と比較すると、少なくとも3箇所で、文章の修正が行われています。1箇所目は、序盤の重要な伏線の一文。2箇所目は、ラスト近くのとても美しい一文。3箇所目は、何と最後の一行。3つとも、前の文の方が絶対に良いと思います。何でこんな改変をするのかね。作者の知り合いの人がもしこれを読んでいたら、前の文に戻すように伝えておいて下さい。

 

(2010/03/30)

 

ビジターズビューロー評議員会

 理事長としていただいている他団体の役職として、一般財団法人奈良県ビジターズビューロー(旧:コンベンションビューロー)の評議員というものがあります。本日は、この評議員会に出席してきました。

 

 そもそも、ビジターズビューローとは何をしているところなのか?今日は2009年度の事業報告の審議でしたので、その事業報告の4本柱を確認してみましょう。

1 「奈良県観光モデルコース」の策定・提案

2 コンベンションの誘致及び支援活動の強化

3 観光情報の収集並びに発進力強化

4 宿泊施設に対する支援活動

 2に「コンベンションの誘致及び支援活動の強化」とあるのに注目して下さい。昨年7月の三浦専務理事の講演を聞かれた方は覚えていると思いますが、コンベンションの誘致というのは、それ自体が、県が主導的かつ積極的に推進・支援している、地域・行政のニーズなのです。

 

 ビジターズビューローでは、個別の誘致状況をAからEまで分類して、件数を増やすべく、細かく管理しています。そう、我々が行っている会員拡大と同じですね。ちなみに、2008年度では、誘致実績で128件、5万5417人。2009年度は、196件で8万5003人です。高校総体があったことを考慮しても、大幅な伸び率です。2009年度で一番大きかったのは、日本小児科学会の5000人でした。

 

 この誘致を伸ばすために、ビジターズビューローでは、県内・県外の大学関係者をくまなく回ったり(合計で1000人前後面談したとか)、高校ラグビーで奈良県内に宿泊された高校には、誰かが必ず見送りに行ったり、県知事名でお礼状を出したりということもされているそうです。

 

 私たちがやろうとしていることは、JCの理屈だけでやっているのではないのです。まさしく地域から切望され、地域全体で新しいことを経験し、地域の可能性を拡げていけることをやろうとしているのです。

 

(2010/03/29)

 

卒業式におけるアーティストの登場について

 北九州ツアー2日目、今日が全運全体会議です。その中の式典・卒業式の議案で、「日本JCが出している次代の全国会員大会の方針では、いわゆる『エンタメ』の登場は今後は見直すべきと書かれていたと記憶しているが、この議案では登場することになっている。見直しの議論がなされている気配もない。この点について、本会ではどのような見解を持っているのか?」という質問がありました。鳥肌が立つほど鋭い意見です。問題意識としては、実はまったくそのとおりなのです。

 

 「次代の全国会員大会の方針」は、2008年9月に日本JC理事会で可決承認されています。その中で、卒業式での「エンタメ」については、このように述べられています。少し長くなりますが、大事なところなのでまとめて引用しましょう。

「また、歌手等の登場する『エンタメ』についても、当初の『卒業生からのプレゼント』という色彩がなくなった現在においては、その必要性についても議論が交わされるべきであると考えます。この部分においては卒業を祝うためのものではなく、最低限、演出の一部として今後の運動への決意につながる人選・選曲をしなければなりません。しかしながら、このことを実現するのは非常に困難であることは言うまでもなく、歌手等のステージを見ることによって運動意識が昂揚するとは考えにくいことを考慮すると、エンターテインメントの起用は不要なものといえます。
 さらに、登壇やエンターテインメントのためには、現在、多額の費用がかかっていますが、費用対効果の点から考えても、このようなプログラムが必須のものであるかは疑問であるところです。むしろ、特別な効果がないのであれば、これらのプログラムを取りやめて、その代わりに大会登録費用を値下げするということも十分考えられます。」

 

 もともと、この議論がどこから出てきたかというと、それは卒業式の目的論からです。卒業式の目的は、「卒業生が、JCを離れた後でも地域において一市民として運動を推進していく意識を昂揚すること」です(だからこそ、日本中から卒業生を集める意味があります)。卒業生の卒業を祝うことが目的でもなければ、まして、卒業生との別れを惜しむことが目的でもないのです。そうしたときに、アーティストを呼んで登場させることと卒業式の目的がどのように関係するのか、というのがここでの問題意識です。

 

 卒業式のあり方については、緒方は、長年1つの疑問を感じてきました。それは、そこで参加者の間に惹起される感情というのが、あくまでも、「現役のA君と卒業生のB君」の間のミクロなベクトルのレベルにとどまっており(しかもほとんどは同じLOM内)、JC総体としての大きな何かを生み出す場面にはなっていないのではないか、ということです。A君がB君を送り出したいだけならば、LOMの卒業式やLOMナイトでもできるのです。あえて全会員を集める場で行う必要がありません。それよりも、卒業式ではもっと優先すべきことがあるはずです。そして、このような意識から、「方針」の中では、アーティストの登場のみならず、卒業生の登壇についても疑義が呈されています。

 

 ただし、それでは、アーティストの登場や卒業生登壇をすぐに止めるべきかといえば、そんなことはなく、むしろそれは不可能です。現実には、この2つには、参加者からの圧倒的なニーズがあるからです。一般メンバーの間で全国大会に関する話題が出てくるときに、この2つは真っ先に出てくるといっても過言ではありません。そして、登録料の出所である参加メンバーの声である以上は、この声を無視することはできません。

 

 この問題は、大会の理想としてあるべき姿(それ自体、もちろん議論のあるところであることは承知しています)と、大会の必須の前提である参加者の満足という2つの重要な要素が衝突する、とても重大な問題です。そのような課題があるがゆえに、大会の主管は苦しいものであり、また楽しいものであるといえます。

 

(2010/03/28)

 

万国津梁

 全運の全体会議オブザーブのために北九州に来ていますが、その中で、那覇JCのメンバーとお話をする機会がありました。昨年、全国大会を主管した那覇JCですが、現在、彼は、燈花会を香港や台湾に拡げる活動を行っているそうです。もともとは、07全運に出向していた際に、奈良を訪れる機会があり、その際、運営のお手伝いもして、その内容やあり方に感動し、まずは沖縄にそれを伝え、さらにはアジア圏内にまで拡げようとしているとのこと。

 

 全国大会沖縄那覇大会の開催理念に、万国津梁(ばんこくしんりょう)という言葉が出てきます。「世界の架け橋」という意味であり、14世紀の昔から、アジア各国との交易を通して人と文化の架け橋を目指してきた先人の志を意味しています。

 

 沖縄本島から見れば、東京や大阪へ行くのも、香港や台湾に行くのも、パスポートの手間以外にはそれほど変わりません。まさしく、万国津梁の理念は、沖縄の人間であるからこそ体現できるものであるといえます。年中温暖な気候、本土からの距離、周りが全部太洋であること、1つの島として生活圏が形成されていること。そのような特性も、緒方は、昨年沖縄に4回行ってやっと実感しました。

 

 そして、架け橋というのは貿易や経済活動だけに通用するのではなく、JC運動でもまさに同じことが可能なのです。自らの活動ビジョンを力強く語る彼の姿は、まさしく、大会の開催理念をその後の行動に反映する力強いものでした。

 

 理念を心に刻むこと、そして、ゼロから1を生み出す行動を現実のものとすること。この両方が揃っていれば、何だって可能であると、勇気が湧いてきます。

 

(2010/03/27)

 

 

 

今日の一冊

藤雪夫・藤桂子「獅子座」(創元推理文庫)

 

 もとは講談社文庫から出ていました。私は大学1年のときに古本屋で100円ぐらいで買って、それをずっと持っています。その後文庫版は店頭で見ることはほとんどなかったのですが、いつの間にか創元から再販されていました。そんな話聞いてないぞおい。

 

 冒頭、幼い娘二人を残して、クリスマスの夜に母親が失踪します。それから話は30年後の現在に飛び、金融業者の死体が発見され、警察が捜査を開始します。その中で、冒頭のエピソードが絡み、次の謎が現れ、刑事と関係者の間のドラマが展開します。

 

 暗号とかアリバイトリックとかも一応出てくるのですが、そんなことはどうでもいい。私がこの作品で一番好きなのは、プロローグの美しさです。その謎は終盤まで関係者に影を落とし続け、最後に思わぬ真相となって結実します。さらに、エピローグに至ると、プロローグで語られていたことがさらに輝きを増してくるのです。

 

 また、文章にもいちいち気が配られており、刑事が暗号を解読する下りなどは、暗号の内容よりも、その心理を描写する筆致の方にむしろ拍手したくなります。そしてこの刑事に終始漂う暗い影は、他の小説では見たことのないものであり、作者の登場人物に対する哀切に満ちた感情移入を感じます。

 

 トリックがトリックとして終わらない、登場人物が1つのドラマを形成している、優れたミステリーです。

 

(2010/03/26)

 

台湾の想い出

 2012年つながりです。2012年の世界会議に、台北JCが立候補されるとのことで、本日の大阪JC創立60周年記念式典でもPRをされていました。そこで今回は、海外旅行の想い出シリーズの第1弾、台湾についてです。これまで台湾には3回行っています。

 

 1回目は、2001年3月の事務所旅行でした。私にとっては2回目の海外です。この頃は、海外というもの自体に慣れていなかったので、周りを見たり理解したりする余裕もなかったのですが、海産物系をふんだんに使った食事は美味しいと思いました。

 

 2回目は、2003年11月に奥様と行ったときです。このときはほとんどが自由時間というツアーで、奥様の強いご所望により、電車に乗って淡水まで行って沈む夕陽を眺めに行ったりしました(たかが夕陽と侮るなかれ、同じ目的で来た観光客および地元の人々はわんさかいました)。レストランも自分たちで探したわけですが、前回以上の大当たりで、しかも、自分の足で探して見つけたということになると、おいしさも倍増であるわけです。ホテルは、前回買い物にだけ立ち寄ったリージェントでした。ちなみに、我が家では、旅行においては、食費と宿泊費以外にはほとんどお金を遣いません。

 

 3回目は、2007年5月のASPACです。白井委員長と松岡幹事の強力な引率の下、2泊3日にわたって満喫しました。台北の観光地といえばまずはここ、故宮博物院にも行きましたが(ここは3回とも行っています)、やっとこの博物院の存在理由や全体像が理解できました。ジャパンナイトでブースを出展したのも良い想い出です。3日目の昼食の、怪しげな裏通りのラーメン屋(といっていいのか?)も強烈だったなあ。味は良かったのですが、味付けが濃すぎて、3人とも食べきれずに残していました。

 

 台湾は街中の雰囲気が比較的日本に近く、治安も良く、近くでもあるので、海外旅行を始めるときは、まず第一歩として行ってみたい国です。今後も何回も行ってみたいです。

 

(2010/03/25)

 

2012地区大会

 今日のブロック本会議は、奈良ブロック協議会およびその加盟LOMにとって、大きな意義ある一夜になりました。2012年度近畿地区会員大会主管LOMとして、天理JC様が立候補を行われ、その立候補について、ブロック役員会および会員会議所において、全会一致で可決承認をしたからです。

 

 会員大会の主管が、地域における重要なJC運動の1つとなりうることを、私たちはよく知っています。また、参加したメンバーにとっても、運動意識の向上のための重要な場面であることも、私たちはよく知っています。そして、この手法の優れたところは、LOMの規模に応じて、ブロック規模、地区規模、全国規模とそれぞれに自分たちで目標を立てることができ、それを、さまざまな人たちと志を共有した上で実行できるという点です。そして、会員大会というそれ自体特殊な環境を生かして、普段はできないことも行っていくことができるという点です。

 

 もちろん、簡単にできることではありません(し、簡単にできることでは意味がありません)。天理JCの皆様の間でも、いろいろな葛藤が存在したものと思われます。しかし、その中で天理JCの皆様は勇気ある決断をされたわけですし、その決断力と行動意欲に対しては、心からの敬意を払い、また全力で協力していきたいと考えます。

 

 終了後の懇親会の後の2次会では、この件の地区役員会への上程に際し、ブロック内理事長のみんなで応援に行こうという話になりました。連帯意識と志の共有は、こういった1つ1つの場面を通じて、1つずつ、かつ確実に形成されていくのです。

 

(2010/03/24)

 

 

T先生の想い出

 こうやって文章を書いていると、時折思い出すことがある。中学校1年と2年の現代国語の担当だった、T先生である。

 

 T先生の授業の方式はいつも決まっていた。まず、事前にプリントを渡され、そこには、教科書に載っている文章に関わる、先生が考案したいろいろな問題が記載されている。授業では、指名された者が順次黒板に回答を書き、それに先生が講評を加える。1授業で10~15問くらいは進んでいたと思う。

 

 どの題材でも必ずある問題は、まず第一に、漢字の書き取り。つまり、基本は常に重視するということである。ただし、選定は先生のオリジナルなので、中学生基準などは無視である。「ためらう」を「躊躇う」、「うるさい」を「五月蠅い」と書くことなども、このとき初めて知った。第二に、文中に出てくる単語を使った例文作成。これによって、どんな文章であっても、広がりを持った鑑賞ができるし、また1つ1つの言葉を大事にする習慣が身につくのである(というようなことも、後になって思い至った)。

 

 さらに、応用問題が一筋縄ではいかない。例えば、「矛盾」という言葉が出てきて、言葉の意味やその言葉ができた故事はもちろん知っているのだが、先生の質問は、「君がこの商人だったとして、客の最後の質問に対してはどのように言い返すか?」というのである。大人に出すような問題である。そして、実は今でも、この問題に関する自信ある回答というのは思いついていない。

 

 夏休みや冬休みのT先生の宿題も、いつも決まっていた。「作文を1つ書いてくること」である。題材や枚数についての制限はなく、すべて自由。提出されると、その中から優れたものを選んで、ワープロ打ちして文集を作ってくれる。そうなると、言葉の使い方とか漢字の知識だけではなく、素材選定力から全体の構成力から対象の描写力まで、すべてが試されるのである。「国語の能力は作文だけですべて評価できる」が先生の持論であった。

 

 そのT先生が最初の授業の冒頭でおっしゃったのが、こんな話である。

「毎日が国語の勉強である。授業だけが勉強ではない。私たちは、いつも、国語で会話し、国語を読み書きし、夢すら国語で見ている。あらゆる場所に国語を磨く機会は転がっている。」

 

 言葉を大切にすること、たった1つの言葉を追究してこだわること、T先生の教えは、そんな形で今も私の中に残っている。

 

(2010/03/23)

 

 

今日の1本

「ジュリア」(77年、米) ※かなりネタバレあります。

 

 初DVD化記念です。アカデミー賞11部門ノミネートで3部門受賞(助演男優賞のジェイソン・ロバーズと助演女優賞のヴァネッサ・レッドグレーヴと脚色賞)という売り文句まであるにもかかわらず、これまでDVD化されることがなく、私はレンタル落ちを中古で入手したVHSで我慢していました。これで劣化を気にすることなく楽しむことができます。

 

 アメリカの女性劇作家、リリアン・ヘルマンが、長年の友人であるジュリアという女性を回想するところから始まります。前半は幼少時から大学生までの交流、そのいろんな場面から受け取る影響が描かれるのですが、ジュリアがヨーロッパで反ナチ闘争に加わる中盤から、一気に緊張感が増します。

 

 ウィーンで暴動があったというニュースを見て、現地を訪れたリリアンの前にあったのは、全身を包帯に巻かれて昏睡状態のジュリアでした。しかも、いつの間にかジュリアは病室から消えてしまい、手がかりも連絡もなくなります。その後約3年経って、モスクワへの移動中にパリに滞在していたリリアンに、ジュリアの使者であるという男性(マクシミリアン・シェル!)が接触してきます。彼の依頼は、ベルリンにいるジュリアに、ある物を渡してほしいというものでした・・・。

 

 ここからの40分が実に圧巻です。相手の話を信用していいかどうかも分からない、当然のことながら失敗したら自分の命がかかっている。そんな中でリリアンが最後に信じたのは、ジュリアへの絶対的な信頼というたった1つだけでした。そこからの列車内の緊迫感、目的地での短時間ながらあらゆる想いが凝縮されたやりとり・・・描写に一切の無駄なし、神々しさすら感じさせる一本の意志に基づいた物語が語られていきます。

 

 リリアン役のジェーン・フォンダ、ジュリア役のヴァネッサ・レッドグレーヴとも、神が舞い降りたと思わず言いたくなるような強力な演技を展開しています。よく見ると2人の共演シーンはそんなに多くないのですが、フォンダの登場シーンでも、その背後には常にジュリアの存在を感じさせます。そこまでの世界を演技に封じ込めたところが凄い。封じ込めさせたレッドグレーヴも凄い。

 

 演出面では、背景の説明がほとんどないところがいいのです。ジュリアが具体的に何をしているのか、何でそんなところにいるのかということは、まったく説明されません。だからこそ、観衆は、暗闇の彼方の1つの灯りを信じて進んでいくリリアンと同化して、いつしか自分にも1つの「意志」が備わってくることに気づくのです。

 

 ちなみに、この作品は4月7日にBSで放送されるようです。興味を持った方は是非!

 

(2010/03/22)

 

 

日本JC総会

 東京ツアーの最終日、今日は午後から日本JCの総会でした。役員、議長・委員長、全ブロック会長、そして全国の各理事長と数えていくと、構成メンバーだけでも800人くらいの会議になります。審議事項は3つだけ(09の事業報告と09の決算と10の修正予算)なのですが、ここまで準備を積み重ねるのにはとてつもない労力があったことでしょう。松浦常任、増尾室幹事、たいへんおつかれさまでした。

 

 夕方から新幹線で奈良に戻ったのですが、実は緒方は、東海道新幹線に乗るときには、車内から富士山を見るのを毎回楽しみにしています。ところが、雲がかかっていて見えないことも多く、またうっかり寝過ごすことも多々あるので、きちんと確認できることはとても少ないのです。頻度からいえば、10回のうち1~2回くらいでしょうか。そうやってなかなか見られないということになると、かえって執念が出てきて、何としても見てやろうという気になります。今回の帰りでは、陽が落ちてすでに真っ暗だったものの、何とか見ることはできました。

 

 富士山は、富士市街のすぐ向こうにあって、しかも、位置的に一瞬見えるだけとかではなく、(行きでいえば)富士川を渡って新富士駅を通過して三島の少し手前くらいに至るまで、何分にもわたって明確に見え続ける位置にあります。横を通っていて見えないことなどありえないのです。ところが、不思議なのは、そんな目の前にあるにもかかわらず、曇っていて見えないときは徹底的に見えないということです(晴れていても、上空に雲が湧いているときは見えません)。「本当にここだったっけ?」と自分の感覚を根本的に疑ってしまうほどです。山自体に何かの意志があって、気が向かないときはどこかに自ら隠れようとしているのではないかと思うほどです。

 

 すぐ目の前に間違いなく存在しているものでも、曇りがあるときにはまったくそれに気づきません。日本を代表する山は、さすがに神秘的で、寓話的で、示唆的でもあります。

 

(2010/03/21)

 

 

日本JC理事会

 東京ツアーの2日目、今日は日本JCの理事会オブザーブです。

 内容の重要な点は後日ご報告しますが、今日は、これまでの理事会オブザーブの想い出を書きます。

 

 緒方が初めて日本JC理事会を見たのは、04事務局長のときに、サマコンの金曜日に横井理事長にお供して参加したときでした。この年は、清水克能日本JC委員長を輩出しており、その支援のために参加するという位置づけでした。人がとても多かったという以外、何も覚えていません(サマコンのときの理事会はブロック会長会議とセットで行うので、人数も倍になり、多くなって当たり前なのですが)。何が話されているのかも、ほとんど分かりませんでした。なお、当時は、今と違って、冒頭の出欠確認の際にオブザーバー紹介も行われており、多くの人は途中で退出していました。

 

 次に、全国大会招致の担当議長だった2006年に、数回行きました。が、このときも、同じく参加し始めた全運オブザーブが、とても分かりやすく親しみやすい会議であったのに比べ、理事会の方は、やたらと緊迫感があって重々しく難解なイメージがありました。ただ、会頭挨拶が何を言っているのかということについては、前よりは分かるようになりました。

 

 大きく変わったのは、2008年に全運副議長として出向したときです。何が違うかというと、まず、組織図をきちんとみて、どういうグループのどういう委員会があるのかということが分かり、かつ、他の委員会の出向メンバーとも具体的に接点ができ、それぞれの委員会が何をしているのかということが、実感を持って理解できたのです。また、理事会に至るまでの、正副会頭会議や常任理事会(さらには財審も)の存在が具体的に分かり(自分でその会議のための議案書も作成し)、いかに理事会が最後の一瞬の真剣勝負の場であるのかということもよく分かりました。

 

 理事会に参加すると、会頭挨拶が興味深い、あるいは意義深いものであったりとか、議案の組み立て方や上程の仕方が参考になったりとか、いろいろ面白いことはあるのですが、一番大事なことは、自分と同じバッジをつけ、同じ志や同じ発想を持つ人たちが、現実に(←ここが重要)全国各地にいるということ、ただ机上の資料で名前を見たり人から伝え聞いたりするだけではなく、自分の目と耳と口と心でそのことをを明確に実感できるということです。

 

(2010/03/20)

 

じゃがいもクラブ総会&日本JCシニア総会

 東京プリンスホテルで行われた、日本JCじゃがいもクラブ役員会・総会をオブザーブしてきました。きたる西日本じゃがいもでOBのキャプテンを務めていただきます、西田晴彦先輩にもご参加いただきました。

 

 役員会では、今年の東日本・中日本・全日本の各大会の内容の審議、来年の各主管LOMの決定の審議、それからジュニア育成や規則改正に関する協議がなされました。役員会構成メンバーはほぼ全員がOBですが、その協議はLOMの理事会やブロックの本会議ばりに真剣です。ちなみに、奈良JCの西日本地区大会はすでに審議を終えていますので、今回はPRのみです。

 

 じゃがいも主管のLOMにおける位置づけについて、理事会では申し上げましたが、大事なことなので改めて書きます。

 

 このじゃがいも主管は、ほぼ唯一最大の目標は、「参加者の皆様に楽しんでいただけるか、円滑に参加していただけるか、満足いただけるか」という点です。そして、この点を特に集中して訓練し、磨く機会も、LOMとしては必要であると考えています。例えば、目的や理念を特に重要視するような事業であっても、その点「だけ」にとらわれるのは自己満足でしかないのであり、すべての事業は、参加者の満足という一番の基本が当然の前提となっているからです。

 

 なお、その後には同じホテルの別の階で日本JCシニアクラブ総会が行われましたが、開会前に奈良JCのOBの皆様にもご挨拶してきました。お会いできたのは、西会長、朝廣先輩、中村光良先輩、清水克能先輩、和田先輩、高木先輩です。先ほどの西田先輩も含め、これらの方々は、私たち現役会員のために東京まで行って下さっているということを、必ず覚えておいて下さい。

 

 いろいろな人たちに知らないところで支えられて、私たちは存在しています。

 

(2010/03/19)

 

協議会

 本日の協議会にお越しいただきました皆様、ありがとうございました。

 

 事業計画などのように、目に見えたり、体を動かしたりものではなく、組織の根本のルールに関する議論であり、一見してとっつきにくい(ようにみえる)議論なのですが、お越しいただいた皆様には、卓越した志と意欲があったものと受け取っています。

 

 成案についてはこれからさらに練っていきますが、改めて次の2点を確認します。

 

・制度論である以上、選択肢は限られています。その中で、どの制度のどこが優れているのか、どこがデメリットなのか、どこをどう改めたら何が解決するのか、明確に根拠と結論を組み立てていくことが必要です(かつ、可能です)。

 

・制度論である以上、必ず何らかの一定の結論を出すことが必要です(どれもダメということになると、組織そのものが消滅します)。したがって、対象の全体を常にイメージしながら議論を進めることが必要です。

 

 皆様の叡智に期待します。

 引き続き、よろしくお願いいたします。

 

(2010/03/18)

 

裁判外ADR

 土地家屋調査士会と弁護士会が共同で立ち上げている、境界問題相談センターの運営委員会に出席してきました。

 

 境界問題相談センターは、一言で言うと、相談や申立に応じて、土地家屋調査士や弁護士が相談員や担当調停員となり、土地境界問題に関する紛争を解決するセンターです。

 裁判所内の手続によらずに民事紛争を解決する機関という意味において、裁判外ADR(Alternative Dispute Resolution)の1つです。

 

 かつては、人と人との紛争は、近隣の長老や実権者と呼ばれる人たちが行ってきました。裁判制度というものができてからは、裁判所で裁判官がジャッジをするようになりました。しかし、それだけでは社会のすべての紛争に対応することは困難になってきており、そのことから、今は各種のADRが存在しています。弁護士会にも民事仲裁センターや交通事故示談斡旋手続や住宅紛争審査会というものがありますし、労働関係、消費者関係、医療関係など、各分野でのADRが存在しています。

 

 ADRのメリットといえば、早期解決・簡易迅速・利用しやすさといった点が挙げられていますが、実は、もう一つ、本質的な存在理由があります。

 

 かつての「長老判断」や裁判所の手続に共通であったのは、「お上に任せる」「お上ならば間違いない、信頼できる」という国民の無意識の発想がその根底にあったことです。

 しかしながら、紛争を解決するために第一次的に立ち上がらなければならないのは、まさにその当事者自身です。

 そこで、当事者が自ら解決の道筋や構想を考え、主体的に手続に挑み、納得して結果を迎える、そのような理念に基づく「主体的紛争解決」の手段が、裁判外ADRなのです。

 

 主体性ある国民というこれからの社会の姿は、このようなところからも少しずつ変わっていくわけです。

 

(2010/03/17)

 

 

ブロック会員大会

 辻本達也副会長がブロック協議会で担当されている、ブロック会員大会運営会議の委員会が奈良市で開催されましたので、開催地理事長として表敬のご挨拶に行ってきました。

 なお、この委員会には、岡田光幸君、北原智行君も出向されています。

 

 ブロック会員大会は、ブロック協議会に所属する全メンバーが顔を揃える、ブロック協議会最大の事業です。このことがどのような意味を持つか、分かりますか?

 緒方が考えるブロック協議会の位置づけは、2つあります。前に、一部の方々には同じようなことを申しましたが、とても大事なことなのでもう一度書きます。

 

 1つは、ブロック内の8つのLOMは、常に、奈良JCにとっての一番の仲間であり、同志であり、応援団であり、そして、活動のヒントや活動意欲を常に与え続けてくれる存在でもあるということです。

 奈良JCの中を見ているだけでは、視野が狭くなり、目の前に見えるものだけしか見なくなり、いつしか、自分たちだけが満足する活動しかできなくなります。いろいろな外部的刺激を受け、自分たちだけでは気づかないところを発見し、運動の質を向上させるためには、他のLOMと接点を持つことはとても重要なのです。

 そして、わざわざ遠くまで行かなくても、一番すぐに意思疎通ができ、同じ土俵の上で話ができる大切な仲間が、私たちのすぐ身近にいるのです。

 

 もう1つは、奈良JCは、自分たちのエリア内に関するまちづくりだけではなく、奈良県全体についてもまちづくりの原動力となっていくことができるのであり、その大きなサポート機関がブロック協議会であるということです。数日前に書いたとおり、JCの大きな特徴は、自分たちの運動が、その地域内だけでなく、ほかの地域にも拡がっていく可能性があるということです(実際に拡げられるかどうかというのは、まさしく自分たち次第です)。

 加えて、奈良JCがブロック内でしっかりした姿を見せると、それは、他のLOMのメンバーに、自分たちも頑張っていこうという意欲を起こし、そのLOMがその地域で運動を発展させるという結果をもたらしていくのです。そのためには、わざわざ他の地域に行って何かをしなければならないということではありません(その地域にはそのLOMがすでに存在します)。私たちがブロック協議会に積極的に参画し、しっかりとした姿を見せる、それだけでいいのです。

 

 そのブロック協議会の最大の集まりがブロック会員大会であり、しかもその担当が我らが辻本達也副会長であるということ。このことは、全メンバーがしっかりと認識しておく必要があります。

 

 まさしく、ブロック会員大会は、私たちの一番身近な同志と顔を合わせ、運動の質や意欲を高めるための重要な場面であり、そして、私たちの運動の意志を、地域の枠を超えて奈良県全体にまで拡げていくための大切な機会なのです。

 

(2010/03/16)

 

 

 

高裁との協議会

 近弁連で行われた、大阪高裁との間での民事控訴審の充実に向けた協議会に、(勝手に)奈良弁護士会を代表して出席してきました。

 

 今回のテーマは、「高裁裁判官の心証の取り方および心証開示のあり方」です。高裁の現職裁判官も多数出席されていて、普段は聞けない生々しい裁判所実務の内情を詳しくお聞きすることができました。

 

 一般の人は、裁判所に直接接するということは、一生の中でもそれほどないでしょうし、まして高等裁判所の審理まで経験するということはほとんどないでしょう。実は弁護士も同様で、私の場合でいうと、高裁に係属している事件というのは、同時に有しているのが平均して1~2件くらいです。時期によってはまったくない時期もあります。今日の高裁は審理が速いので、体感感想でいうと、控訴提起から終了までの全体で、平均して半年くらいです(第1回期日から終了まででいうと、さらにその半分)。しかも、高裁段階で和解で終了することも多いので、高裁の判決を体験するというと、年に1件あるかないかというくらいです。

 

 ただし、それでは高裁のことなどあまり知らなくてもよいかといえばそんなことは断じてなく、むしろ、高裁をよく知ることによって地裁や家裁でも闘えるのです(その逆もしかり)。地裁や家裁で見通しを立てるときでも、「高裁まで行ったらどうなるか」は常に頭の片隅で意識します。裁判官も多分意識しています。これは、悪い方に転んだら「上の視線ばかり気にするヒラメ裁判官」などと揶揄されるのですが、逆に、意識の高い裁判官は、独善的判断にならずに客観的視点をふまえた判断を行うという文脈の一環としてこの概念を用いています。

 

 何事にも、高い視点と広い視野というのは、常に備えておくことが必要です。

 

(2010/03/15)

 

皿洗い

 夜、お客様が来られる予定だったので、奥様は昨日から台所に立てこもって、盛大な手料理を作ってくれました。

 

 お開きになったのは深夜でしたが、いつもは夜8時半にはオネムになる奥様は、「あとは明日する~」と言い残してリビングでくうくうお休み状態。事前の準備は一切合切全部任せてしまったので、せめてこれくらいは・・・と、お皿洗いだけでもしておくことにしました。奥様は、頭のすぐ横でアクション映画が放送されていてもぴくりとも動かないのに、皿のかたかた鳴る音では速攻で起きられる人なので、音を立てないように細心の注意を払って・・・。

 

 一通り終わってふっと気づいたのは、指先からの洗剤の匂いと、水作業の後の指先のふやけ現象です。毎日毎日こういうことをしていてくれたんだなあ・・・と、改めて感謝しきり。

 

(2010/03/14)

 

 

今日の一枚

Trillion / Trillion ('78)

 

 TOTOの7枚の作品(8枚目以降は意図的に無視)でどれが最高傑作なのかというのは、なかなか難しい問題である。当初は私は世間一般の評価どおりに「TOTO IV」という説を採っていたし、大学生の後半以降は「Hydra」という説を採っていた。そして現在は「Isolation」こそが最高傑作だと固く信じている。粒ぞろいの超格好良いプログレ・ハードの名曲を揃えていながら、「TOTO IV」の商業的成功の直後であったばっかりに世間では受けいれられず、コケた作品の代名詞扱いされる可哀想なアルバム。メンバー自身もあまり思い出したくないのか、ベスト盤の類でもことごとく無視される可哀想なアルバム。しかし、楽曲的には最初から最後まで一貫して水準が高く、特に、ファーギー・フレデリクセンがリードVoをとるB面頭から4連発の格好良さは、何度聴いてもゾクゾクする。で、その「Isolation」1枚だけ在籍したファーギーがTOTOの前に在籍していたのが、このTrillionなのである。

 

 かつては、レコードを見たことがあるだけで自慢できるという幻の一品だったこの作品も、98年に奇跡の日本盤CD化が実現して一段落ついた(いや、びっくりしましたよあのときは)。ファーギーの伸びやかなヴォーカル、それを支えるコーラスの美しさもさることながら、キーボード(後にマドンナのプロデューサーとして名をはせるパトリック・レナード)のちょっとした工夫や裏芸がそこかしこに満ちていて、純度の高いアメリカン・プログレ・ハードが全編に展開されている。今聴いても十分に堪能できます。ちなみに私が持っているのはブルー・ヴァイナルのアナログ盤です。

 

 で、何でこんなものを今聴いているかというと、なぜか今頃になってリマスターCDが発売されていて(輸入盤のみですが)、久々に引っ張り出してみたくなったからです。↑の日本盤CDも今は生きていないと思うし、聴いてみたい人は今のうちに輸入盤を押さえておきましょう。

 

(2010/03/13)

 

地区役員会

 姫路で行われた、近畿地区協議会の役員会をオブザーブしてきました。午前10時から午後3時まで正副会長会議、時間をおいて午後5時から役員会というスケジュールですが、公開されているのは後者のみです。開会前には、谷岡会長のご厚意でご挨拶の時間をいただきましたので、全国大会立候補予定届を提出したことのご報告と、今後のご指導とご協力のお願いを申してきました。

 

 さて、議事次第を見てすぐ気づいたのですが、明らかに、この時期に出ているはずなのに上がっていない案件があります。つまりこれは、その前の正副会長会議の段階で(もしくはさらにその前で)落とされているということを意味しています。内容の伴っていない議案は上程させない。みんなの貴重な会議の時間を空費させない。そのような強い意志と、事前の周到な準備があって、初めて充実した会議が可能となるのです。

 

 GTSの議案も上程されていまして、緒方から見ると、各プログラムの目的・内容や添付資料など、これ以上ないくらい詳細に作成されていると感じたのですが、しかし、各ブロック会長の皆様からは、「これは、カンボジアに何かを提供するという内容なのか?その後、カンボジアの人たちが自分たちで何かをするところまで到達しなければならないのではないか?」という鋭い質問が出されていました。

 

 懇親会にもお邪魔をいたしまして、本年度の地区会員大会の主管LOMである泉佐野JCのすみ谷理事長(※)とお話をしました。明確な意志と整理された考え、そして熱い情熱をお持ちの素晴らしい方です。泉佐野大会がさらに楽しみになってきました。また、奈良JCの全国大会誘致に関しても、力強い激励のお言葉をいただきました。本当にありがたい限りです。

 

 尾形副会長も頑張っています。応援の形はいろいろあります。みんなで応援しましょう!!

 

(※)「すみ」は、「角」の中心の縦線が下に出ている字です。

 

(2010/03/12)

 

海外の想い出

 パスポートの期限切れが近くなっていたので、更新手続をしに行きました。改めて見てみると、いろんな国の出入国スタンプが押されていて、10年間よく頑張ってくれたものだと思います。

 

 もともと、緒方は、海外に行ったり旅行したりしようという意欲は全然ありませんでした。初めてパスポートをとったのは28歳のときです。むしろ、それまでは、自分は一生海外に行くことはないと思っていました。その理由は、

・だって言葉が通じないじゃん。何か怖い。

・お金とか落としたら、一生戻ってこられないのでは?

・外国って治安悪いんだよね?

・わざわざ外国に行かなくったって、国内で何でもできるもーん。

というような、今から考えると他愛もないというかしょうもない根拠でした。

 

 ところが、入所した事務所のボスが、海外旅行が大好きで、当時は年2回ほど「事務所旅行」としてみんなで海外に行く習慣があったのです。したがって、選択の余地なくパスポートをとらざるをえませんでした。新しい世界が訪れるときというのは、往々にしてそういうものです。

 

 それによって、大げさでなく緒方の人生は大きく変わり、さまざまな体験と見聞を得ることになりました。

 

 というわけで、今後は不定期に、これまで行った海外の想い出を書いていきます。

 

(2010/03/11)

 

葛城JC公開例会

 本日は、葛城JC様の公開例会でした。講師は、大阪JCシニアである佐藤修一郎先輩です。JCIアワード審査委員や日本JC委員会のJCI褒賞担当を数多く経験され、あらゆる事業報告をこれまで見てこられた先輩です。このような機会を与えていただいた當麻理事長に感謝です。

 

 褒賞の本質は、賞をとることでもなければ、申請資料を作ることでもありません。まず、自分たちが行った事業の成果(主観的な「よく頑張った」ではなく、客観的なもの)を検証すること。次に、数多くのJCが(それこそ世界中で)いろいろな運動を行っている中で、その大きな方向性と自分たちの運動がずれていないかどうかを検証することです(各LOMが好き勝手な活動をしているのでは、JCの存在意義はない)。

 

 そこで、本日のお話で特に印象的だった点を2点。ここに書くことで、もって自己に銘したいと思います。今日行けなかった人はよく覚えておいてね。

・JC運動はボランティア活動ではない。一番のJC運動の本質は、「社会開発運動」であるということ。

・JCの大きな特徴(長所)は、「地域での小さな運動を世界に広げ、それが世界を変えていく可能性を有している」ということ。だから、ブロック、地区、NOM、エリア、JCIが存在している。

 

 で、ここを読むだけでは面白くないので、今日講演中に行われたアンケートから2点。画面の前の皆さんも考えてみて下さい。

(1) あなた自身のJC活動を、「単語1つ(漢字、ワンフレーズの言葉、英単語など)」で答えて下さい。

(2) あなたがJC活動を通じて思い描く夢を、「単語1つ」で答えて下さい。

 この場合、「単語1つ」というところがミソです。かっこつけた答えができません。また、自分の中で整理されていないと、答えることができません。

 

 それから、講演中にあったお話で、有名な例えなのですが、最近はあまり聞かなくなったので、改めて書いておきましょう。

・川の横に、お腹をすかせた子供が座っています。そこに、釣り竿を持ったJCメンバーが通りかかりました。さて、あなたがそのメンバーだったらどうしますか?

 

(2010/03/10)

 

 

渋滞

 急に夜に香芝に行かないといけなくなって、いつもどおりに天理インターから西名阪に入ったら、「香芝まで50分」とかいうとんでもない表示が出ていて、料金所の先が塩漬け状態でした。仕方がないので郡山インターで降りて(ここまでで15分くらい)、橿原→高田回りでやっと目的地に着き、用件を済ませて香芝インターに向かったら、今度は「香芝←→天理 20時~05時 工事のため通行止め」の表示が・・・。仕方がないので王寺回りで帰り、全部合わせて3時間以上かかりました。疲れた・・・。(ちなみに、この工事って何の工事?)

 

 子供の頃に、「渋滞の一番前はどこにあって、どうなっているんだろう」ということを真剣に考えたことはないですか。実は今でもこの答えはよく分かっていません(事故とか工事とか片側通行とか明確なポイントがない、自然発生の場合)。それに加えて、小さい頃は、「赤信号からスタートする場合は、さんのがはいで全員が一斉にスタートしたら、時間が節約できるのに」とか、「(先の方の信号が)青信号のときに動かなくて、赤信号になったら動き出すのは何でだろう(←なぜかそうなりがち)」とかいうことで日々頭を悩ませていました。

 

 で、長年緒方は渋滞アレルギーだったのですが、渋滞に悩まなくていい方法として、「そもそも、急がなければならないということを考えない」という最強の解決方法を思いついたのは、ごく最近の話です。

 

(2010/03/09) 

今日の一本

「スラムドッグ$ミリオネア」(2008、英・米)

 ※若干ネタバレあります。ご注意を。

 

 米アカデミー賞の受賞作品の発表がありました。昨年この作品が8冠を制してから、もう1年が経つんですね。上映当時は映画館まで見に行きましたが、先日、偶然再び目にする機会がありました。

 

 物語は、インドでのクイズ・ミリオネアの最後の一問から始まります。ムンバイのスラム出身の無学な青年が、あと一問でミリオネアというところで、彼は、「これは不正があったに決まってる」と逮捕されてしまいます。その取調で彼の半生が語られていき、クイズの第一問からの進行、取調の会話、主人公の回想の3本の軸がクロスしながら物語は進んでいきます。

 

 公開当時は、スラムの描写とかクイズで勝ち進むサクセスの成否とかが話題になりましたが、私が考えるこの作品のコアはそこではありません。骨子はピュアなラブストーリーです。日本映画にもアメリカ映画にも2~30年前には当たり前にあった、素朴で単純なラブロマンスです。実は、スラムもクイズ番組もその装飾にすぎません。主人公は常に一直線にラティカのことを考え続けています。その視点は、幼い頃に全速力でスラムをかけめぐった視点そのものであり、映画は終始この軸ですべてを突き抜けて進行します。

 

 終盤では、作品の大きな謎が解き明かされます。それは、「彼ははたしてミリオネアになれるのか?」でもなければ、「彼はなぜ最後の一問まで勝ち進めたのか?」でもない。「そもそも、彼はなぜこの番組に出ようと思ったのか?」ということなのです。この隠れた謎の呈示が、作品の基本的構造をも劇的に変化させています。何問勝ち進んで金がどれくらい入るかというようなことは、彼にとっては二の次だった。ただし、出演した目的の達成のためには、一問でも多く勝ち進む必要があった。そういうことなのです。

 

 描写上の技巧の数々を駆使しながら技巧に振り回されていない、優れた作品だと思います。

 

(2010/03/08)

 

 

会員旅行!

 昨日と今日の会員旅行は、本当に楽しかったです。西田委員長、これまでのご準備おつかれさまでした!

 

 一番嬉しかったのは、どの一つをとっても、「これはどうしてもこうしたい(ここにみんなを連れて行きたい)」という委員長のこだわりと、そして細部までの心遣いが感じられたことです。結局は、会員旅行は特にそうなんだけど、JCがやることって、行きつくところは全部この2つなんですよね。

 

 水明館で気づいた点が一点。ここはとても有名なところのようで、また外見も建物3つからなる堂々たる温泉旅館であり、実際、到着したときも、入口には宿泊団体名がずらりと並んでいるようなところなのです。こういうところでは、設備は最新のものが充実していても、それだけ多くのお客さんが押しかける結果、旅館の中身を十分に味わう間もなく宿泊が終わってしまう、ということをこれまで何度も体験しました。ところが、ここでは、おそらくはたくさんのお客さんが泊まっているであろうにもかかわらず、一泊して翌日に退出するまで、その種のストレスを全然感じることがなかったのです。見えないところで、宿泊者の動き(導線関係含む)をコントロールするためのいろいろな工夫をされているんでしょうね(例えば、宿泊部屋の目の前が宴会会場などというのは初めて体験しましたが、これも、最初のレイアウトから計算されているからこそできることです)。

 皆さんは、この2日間で何に気づかれましたか?

 

※6日には偶然同じホテルで岐阜ブロック会員会議所会議が行われており、渡辺会長様のご厚意で、懇親会にてご挨拶の時間をいただきました。また、下呂JC大森理事長様・高山JC島光理事長様・下呂JCシニア中山英司先輩より、懇親会への差入をいただきました。ありがとうございました!

 

(2010/03/07)

 

会員旅行の思い出

 明日からいよいよ会員旅行ですね。とても楽しみです。

 そこで今日は、これまでの会員旅行の思い出を書きます。肩書はすべて当時です。

 

2001年(奥村委員長・高知)

 このときは途中から飛行機で参加し、途中で飛行機帰り。懇親会の皿鉢料理を、今でも強烈に覚えています。帰りは清水博一委員長の車で空港まで送っていただきました。清水委員長と話をしたのはこのときが初めてです。

 

2002年(野矢委員長・越前)

 どこかのSAで、樋口近畿地区委員長の名言「ハチハチ揃ってたら出発してええねん」を聞いたのはこのときだったかな。そのときは「さすが樋口委員長、てきぱきしてるなあ」と思ったのですが、よく考えたらとんでもないことを・・・。そういえば、「遠征に行ったときは、行けなかった委員会メンバーのために、ちょっとしたものでもおみやげを買って帰る」ということを清水博一委員長から教わったのも、このときでした。

 

2003年(川村委員長・加賀屋)

 「どこにも寄らずに加賀屋往復一直線」で伝説となっている会員旅行です。行きの道中で、いろいろお金を使っていたらいつの間にか所持金がなくなってしまい、尾形副委員長に1万円を借りてしまったのは、今でも私の中ではトップクラスの黒歴史です。

 

2004年(泉井委員長・広島)

 広島まで往復バスツアー!!という、まさしく委員長の執念が生んだ会員旅行でした。何といっても平和記念資料館がこの年の目玉だったのですが、もっと印象的だったのは、「2日目は資料館に着くまでは禁酒です」と言い切って委員長が一切酒を出さなかったこと。真面目な一面を見ました。

 

2005年(安田委員長・名古屋)

 何次会だったか忘れましたが、清岡・松浦・成田・緒方という構成で飲んでました。話の90%は成田委員長の恋愛観についてでした。良い相手が見つかって本当に良かったね。

 

2006年(辻本達也委員長・徳島)

 中野さんが必殺のデュエット・ソングを初披露したのはこのときだっけ?あと、平井陽出一君とバスの中で映画談義をしたのも覚えています。論点の1つが「ギャング・オブ・ニューヨーク」だったね。実はあの作品、今では名作だと思っています。

 

2008年(辻本和弘委員長・鳥羽)

 2001年以来の途中参加となりました。10年ぶりに鳥羽水族館に行ってアシカのぬいぐるみが買えたのと、ミキモトパールで真珠のペンダントのお土産が買えたのが良い想い出です。

 

2009年(今柳委員長・白浜)

 どうしても、清岡がパンダの帽子をかぶって喜んでいたのと、昼飯のときに人のソーセージを奪いに来て喜んでいたのを思い出すなあ・・・。アドベンチャーワールドは行ったのは2回目ですが、今行っても十分に楽しめますね。

 

 さて、今年はどんな想い出ができるでしょうか?

 

(2010/03/05)

※6日は、会員旅行中につきお休みです。

 

全国大会の式典が土曜日である理由

 先日、全国会員大会運営会議の小田原会議をオブザーブに行ってきました。その全体会議の中で、全体スケジュールにおいて、以前は式典は日曜日(の午前中)であったのに、なぜ土曜日(の夕方)になっているのかという質問が出ていました。そこから後、それについて考えていた緒方の理解です。

 

 2008年の浜松大会までは、土曜日の夜に大懇親会、日曜日の午前中に式典というのが標準スケジュールでした。ところが、このスケジュールには問題というか限界があることがだんだんと判明してきました。

 第1に、スケジュールがあまりにも過密で、参加者も運営者も、プログラムを実施するだけで手一杯になってしまうということです。次年度理事長・専務ミーティング、日本JC各委員会のセミナー・フォーラム、宮様歓迎レセプション、大懇親会(+LOMの懇親会)というのが全部1日に押し込められ、参加者にとっては、次々に行われるプログラムについて回るだけで精一杯であり、そもそもいつチェックインしたらええねんとか、そういうことまで問題が発生していたのです。まして、プログラムの間にその地域を自分の視点で観察し、味わい、勉強するというような、全国大会が本来持つ大きな意義については、到底実施困難となっていました。

 第2に、本年度と次年度が交錯して進行することにより、各プログラムの意義が見えにくくなっていたということです。このスケジュールだと、例えば、次年度理事長予定者は、式典で次年度会頭スピーチを聞く前に予定者ミーティングに出席することになりますが、そんなことで内容を理解できるのか、ということです。

 

 そこで、金曜日に大懇親会、土曜日に式典、次年度関係は日曜日に、という新たなスケジュール案が提唱されました。これについては、2008年9月に日本JC本会の理事会で可決審議された「次代の全国会員大会の方針」にも、モデル案として明記されています。

 

 これによって、プログラム構成にも余裕ができ、参加者はセミナーやフォーラムに参加しやすくなる、プログラムの間にその地域を独自に体験することもできる(主管LOMにとっては、それにあわせて記念事業を実施することも可能)、という大きなメリットが発生しました。また、土曜日までは本年度ファンクション、式典で会頭の総括スピーチを聞き、次年度会頭の受諾スピーチを聞いた上で、それに基づいて日曜日には次年度関係ファンクション、という、明確な1つの流れを構成することも可能になったわけです。

 

 したがって、全国大会の式典が土曜日であるのは、単なる運営の便宜だけではない、大会としての本質的な理由があるのです。

 

(2010/03/04)

 

強盗致傷と窃盗・傷害

 裁判員裁判はまだこれから整理されていく制度だと思うが、一つだけ、大きな変化として何となく感じていることがある。それは、以前ならば強盗致傷罪として起訴されていたような事件が、窃盗罪と傷害罪(の2つの併合罪)として分断されて起訴される傾向があるようなのである。

 強盗致傷罪は、前は刑の最低限が懲役7年だった。情状酌量があるとさらに最低限の半分まで減軽できるが、それでも3年半である。他方、執行猶予をつけるためには、主刑が3年以下でなければならない。つまり、判決で強盗致傷罪と認定されてしまった瞬間に、初犯だろうが示談ができていようが嘆願書があろうが、執行猶予の余地はなく、自動的に実刑になる仕組みだったのである(心神耗弱や従犯減軽に該当すれば執行猶予は可能だが、それは特殊なケース)。それではあんまりだというので、刑法が改正されて、最低限が懲役6年に変更されたくらいである。

 他方、強盗致傷の「強盗」や「傷害」は、判例の積み重ねで、とても広く解釈されるようになった。バイクで後ろから近づいて不意を突いて鞄をひったくる行為も、裁判所に言わせれば「強盗」であるし、全治3日間の擦過傷や打撲でも、裁判所に言わせれば「致傷」だったのである。したがって、強盗致傷で逮捕された被疑者をどうやって窃盗・傷害での起訴に持ち込むかということは、弁護人にとっては非常にシビアな課題だったのである。

 裁判員制度施行後、強盗致傷罪は裁判員裁判の対象となったが、そうなると、もともと争われることの多かった「強盗」や「致傷」の定義が、今度は裁判員を交えて判断されるようになった。すでに批判の多い、日本語の語感からも乖離した、一般人にはぴんとこない解釈である。つまり、ここが争われる事例が全国で増えれば、従前の解釈が大きく覆される可能性があるのである。検察当局もその辺は予想して、危なそうなのは大事をとって窃盗・傷害に落として起訴しているのではないかと、勝手に推測している。「裁判員の加入によって、従前のラフな解釈が大きく見直される!」なんてことになったら、検察庁も裁判所も格好悪いもんね。

 で、大事なことは、物事の変化というのは、こうやって目に見えない部分からまず表れるということです。「強盗致傷罪の起訴が減って窃盗・傷害に流れるようになった!」なんて、かりにそういう事態が存在したとしても、マスコミではまず報道されないですよね。つまり、分かりやすく目の前に見えていることからだけ判断してはダメであって、視野は常に大局的に、かつ、様々な角度に目をつける視点を備えた上で持たなければならない、ということです。

 

(2010/03/03)

今日の一冊

森博嗣「自由をつくる 自在に生きる」(集英社新書)

 

 私が大好きな作家の1人です。もともとは本格推理作家として登場したのですが、その後、エッセイやギャグ小説や幻想系小説、さらには詩集から写真集まで発表しています。しかも本職は工学部の大学教授です。さまざまな引出を持っている人です。多作な人でもあり、私が持っているだけでも、今数えたら62冊目でした。

 

 本書はこの人には珍しく、最初から最後まで抽象論に終始したものです。もちろん、意識してそうしたのでしょう。「具体的すぎる論は人と共有できない。抽象論こそが本質だ」とは、この人があちこちで書かれていることです。お題は「自由とは何か」。

 

 自由といえば、体制からの自由、支配からの自由、規制からの自由というのをすぐ連想しますが、この本が提唱しているのは、自分自身の自分に対する支配からの自由こそがその根源であるということです。

 

 人は、意識的にせよ無意識にせよ、決めつけや思い込みやレッテル貼りやこだわりによって自分の可能性を狭めている、無垢な感性を確保することによってその枠組に囚われないようにすることが真の自由を生む、という内容です。重要な視点であり、もって銘したいと感じます。

 

 ちなみに、「ブログの罠」と題して、ブログを書いている人は、勝手に人の視線を意識して、ブログに書けそうなことだけ考える日々を送るようになる危険性がある、ということも書かれています。このコーナーの書き始めにこのような助言をいただいたのはまことに貴重でした(笑)。

 

 最後に、特に印象的だった一節を引用しましょう。

 

 「僕が思いついたのは、「若者は、年寄りの真似をすることで、早く大人になろう、大人として認めてもらおうとしている」という理屈である。年寄りほど、難しい顔で「つまらないからやめておきなさい」と言いたがる。子供から見ると、大人というのは、「それは駄目」「それは危ない」という否定指向のシンボルなのだ。だから、若者は自分にとって危険なものを早く見極め、それができたと主張することで、「豊かな経験」的なものをアピールしようとしている。自分も一人前の大人であることを無意識に主張している姿なのだ。」

 

(2010/03/02)

Prologue

辻本委員長のご厚意により、理事長ブログを開設することになりました。ありがとうございます。

小学校のとき、毎日、「生活記録」なるものを書かされていました。それは緒方にとっては難行苦行以外の何物でもなく、すっかり日記アレルギーになってしまいました。そもそも、腹が立つのは、絵日記の形であったので、毎日「絵」を書かないといけなかったことです。ある日、文章を大量に思いついたので、上半分の絵のエリアまで文章で埋め尽くしたのですが、先生からは特に何も言われませんでした。そのまま続けようとも思ったのですが、それを実行するほどの度胸はありませんでした。確か5年生になると、絵はなくなって文章だけでよくなったので、多少苦痛は和らぎましたが、難行であることは変わりませんでした。

中学生のとき、ふと思いついて、「あれは長かったから苦しかったのだ。短い文章であれば毎日でも書けるのでは」と考え、今度は手帳にその日あったことを書き留める(1日4行くらい)ということを始めました。これは、当初の危惧に反し、2年くらいは続きました。ところが、それに伴ってあることを発見してしまいました。それは、日々の生活の記録をとってしまうと、後でそれを意味もなく振り返ってしまう、ということです。振り返るだけならいいけど、あのときこうしたから今度は(も)こうしよう、などと、自分に束縛される発想になってしまうのです。それに気づいてからは、日記というものをつけるのを止めました。

ただ、今から考えると、あの頃に毎日書くことに困っていたのは、そもそも、ものを考えていなかった、発見というものをしていなかったからです。それから20年以上経ったら、少しは人間は進歩していて、1日に1つのことくらいは何か書き留めるに値する経験をしていることでしょう。多分しているはずです。しているんじゃないかな。その希望的観測を元に、深いことは気にせずに進むことにします。考える前にまず行動です。

さて、私が日々の出来事を綴るのは、中学生以来のことです。久しぶりのことなので、ちょっとどきどきしています。基本的には、緒方がその日考えたこと、認識したこと、経験したことを記載するのですが、どちらかといえば、書かれていることそのものよりも、緒方がどのような思考や発想で日々を過ごしているのか、そのウェイトやバランスをお伝えしたいと思います。といっていると仰々しいのですが、つまり、下らないことや無意味なことを書く日もありますよ、ということを単にあらかじめ予告しているだけです(笑)。

それでは、よろしくお願いします。

(2010/03/01)

 

理事長ブログ